1-4. そのまま帰宅するエリー
エルフの里、第427エルフ王国の正門からすぐの森の中、藪に伏せたまま凶行を覗いていたエリーは、犯人が殺人現場を去って少し待ち、そろそろと起き上った。
テロリストのハイエルフは、見たこともないスキルで門を破壊し、門番を殺害。
そのまま悠々と里に乗り込んだ。
「門番が鐘を鳴らしたから、すぐに誰かは来ると思うけど……」
自分で呟いて、本当だろうか、とエリーは首を傾げた。
相手は白昼堂々破壊と殺人を繰り広げる異常者だ。もし鐘楼の音を聞いた誰かが駆けつけても、擦れ違い様に切り刻まれるだけだろう。まさに阿鼻叫喚。
それほど圧倒的な力、隔絶したスキル。
周囲に溢れる血の臭いは、目を逸らしてもエリーにその光景を思い起こさせた。
「でも、私が行っても何もできないしねぇ」
エルフは目も耳も人類の中では良い方だが、どちらも自在に塞ぐことができる。目は、サハギンを除く大半の人類が塞ぐことができるが、手も道具も使わずに耳を塞げるのは、エルフと一部の獣人だけだ。
エリーは遠くから聞こえる悲鳴や轟音に対して耳を塞ぎ、自宅のある一般エルフ居住区へ向かった。
***
「ただいまー」
エリーが帰宅した時には、両親は共に留守だった。
間取りとしては1DK、玄関からすぐの狭いダイニングキッチンと、家族3人並んで眠る寝室だけの家。
「夕食の用意だけしちゃうか」
エリーの両親は共働きだが、いずれも個人事業主、低収入で、労働時間が長い。
というのも、両親共に【火魔法】などというスキルの持ち主だからだ。
森に住むエルフは火を嫌う。
昔から、エルフの里は戦争の度に異種族に焼かれたためだ。
というのも、近くの森の四方に放火されると、簡単に里が焼け落ちるため。
対エルフ戦法で、最もスタンダードかつ効果的なのが「村焼き」だ。
エルフの側も、里を覆う樹木の壁と森の間を切り開いて空地を作ったり、水堀を掘ったり、消火設備を整えたりと、思い付く限りの対応はしてきた。
しかし、森が焼ければその程度の対策に意味はない。どうにか里が焼け残っても、森と共鳴して森の力を糧とするハイエルフは大きく弱体化する。
弱体化しても一般エルフ程度の力はあるし、そもそも森が焼けても一般エルフには影響はない。だが、防衛の要であるハイエルフが力を失えば、里はあっさりと異種族に蹂躙される。
そうして多くのエルフ王朝(を自称する里)が滅んだ。
そんな種族の歴史があるからこそ、エルフの里では森の中での【火魔法】スキルの使用が禁止されている。
里の中の、防火や火災対策がきちんと取られた場所で、節度を守って使うことは許されるが、そもそも火を苦手とするエルフの里に【火魔法】を活かせる仕事はない。
結果として、エリーの両親はそれぞれ外部から一切の強制を受けずに職業選択を行うこととなり、父は「音楽家」、母は「詩人」という、名乗れば誰でもなれるが、まともな生活を送るには相当な困難を要する種類の仕事に就いた。
多くの同業者が1年も持たずに転職する中、路上パフォーマンスや食事処での演奏、朗読で幾らかでも現金収入を得て、娘1人を成人――それもエルフ年齢のだ――まで育て上げた実績を見れば、上手くやっている方だと言えるだろう。
「できた。若鶏の刺身と野草のサラダ、塩を添えて」
そんな貧困層の一般エルフにとっては一般的な夕食ができあがった所で、両親が揃って帰宅したようだ。
「帰ったわよ!」
「ただいま、エリー」
パンの入った籠を抱えた母と、ハープを抱えた父。
パンの数を見るに、今日はそれなりの稼ぎがあったらしい。
「おかえりー。今日はフォレストチキンと、その辺の草だよ」
父が寝室に仕事道具を片付ける間に、母は一足早く食卓にやってきた。
「あら美味しそう。パパはお肉と草、どっち食べるー? ママはお肉が良いわ!」
「うーん、両方バランス良く食べたいかな」
「ふふ、冗談よ」
遅れて食卓に戻った父とイチャつく母からパンを受け取って、エリーはそれぞれの更に分配した。
「ママはお肉を焼くわね。≪フィンガーバーナー≫!」
「なら、パパはパンを温めるよ。≪トースター≫」
刺身のつもりで出したフォレストチキンが加熱調理されたことについて、提供者のエリーから文句はない。いつものことだし、エリーも生の肉よりは、焼いた肉の方が好きだからだ。
【火魔法】は一家に1人は欲しい便利なスキルだと思う。
ただ、一家に2人は過剰供給かな、とも思う。
食事ができることへの感謝、食材となった生命への感謝、食材を手に入れて調理した家族への感謝。祈りの仕草で感謝の言葉を唱える。
エルフは比較的小食な種族でもあったし、夕食はすぐに片付いた。
「そういえば、今日、やばいハイエルフが出たんだけど、知ってる?」
エリーは世間話として、帰宅前に見かけたテロリストの話をした。
「あー、何か騒いでたわね?」
「ハイエルフ居住区で何かあったんだって?」
里に入った後の話は知らないが、エリーは自分が見た光景を追想する。
「そのハイエルフが里に来る所、ちょうど隠れて覗いてたんだけど、すごかったよ。
腕をひゅって振ったら、門がバラバラに切り刻まれて、同じ流れで門番の人もバラバラ」
「えええ……思った以上に怖すぎるわぁ………」
エリーの母は、「怖い」というより「頭がおかしい」というような表情で相槌を打つ。
「切り刻む、ってことは【風魔法】かな。かなりのスキルレベルだね」
父は他人事のように感心していた。ハイエルフ同士の揉め事は、一般エルフには関係ない。
一般エルフの門番は不運だったが、危険を承知で門番をやっていたのだから、そういうこともあるだろう。エルフの里の門番は【木魔法】スキルを持たないとなれない仕事だが、【木魔法】使いが必ず門番になる必要もない。
職業選択の結果、飢えるのも死ぬのも自己責任というのは、エリーの父の価値観だった。
「あの壁って確か、昔の王族が【木魔法】スキルレベル80で作ったんだったかしら?
なら【風魔法】じゃスキルレベル100は無いと厳しいわね」
母にとっても他人事ではあったが、危険なテロリストが里に現れたのは、純粋に面倒だと思っていた。
路上パフォーマンスに投げ銭を入れるのは、生活に余裕のあるハイエルフが多い。ハイエルフ界隈に混乱が起きれば、収入が減る可能性は否めない。
2人の言葉を聞いて、エリーは1つ思い出す。
そして、その点について訂正した。
「あ、違う違う。
何か、門番の人が知り合いみたいで、外れスキルって言ってたから【風魔法】じゃないよ。
何だっけ、ハナ・ゲカッター? とか呼んでたかなぁ?」
いつもの食卓の、ちょっと血生臭いけど、気楽な世間話。
エリーはそのつもりだったのに。
両親はエリーの言葉を聞いて、ぴたりと動きを止めた。
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