1-3. 【鼻毛カッター】を目撃するエリー

 エリーが壁の近くまで来ると、里門の辺りに見知らぬ女性が立っていた。


 他所者だろうか、とエリーは首を傾げる。

 見た所、他種族ではなくエルフ……というか、一般エルフより耳が長いからハイエルフか。

 魔力の様子からは200歳にも満たない若いエルフに見えるが、魔力量は普通のハイエルフより随分多い。


 里の誰かの親戚だと目星を付けたエリーは、彼女が門を開けてもらい、里の中に入るまで、離れて見ていることにした。ハイエルフと関わるのは面倒だ。

 エルフは目も耳も良いので、こうした覗き見行為が得意なのだ。


 そんなエリーが見ている前で、ハイエルフは予想外の行動に出る。


「樹木なんて、大地から生える鼻毛みたいなものですわ」


 頓珍漢とんちんかんな言葉を呟いて腕を振るう。


 何だあれは、お芝居の練習かな? 見てて良かったのかな?

 とエリーが不安になっていると。


「う、うひゃああああでヤンス!! 何でヤンスか!?」


 壁の中から門番の慌てる声が聞こえ。


 ずるり、と樹木の壁が斜めにずれ、壁の一部が倒壊したのだ。


「ふふっ、鼻毛は根元から切らないといけませんわね」


 ハイエルフが再度腕を振ると、根元の側が残っていた樹木の壁も、完全にバラバラになった。



 何だ、あれは?



 突如として日常を塗り替えた、酸鼻を極める光景。

 エリーはひたすら混乱していた。


 里を覆う樹木の壁は、この国の初代――【木魔法】のスペシャリストだった建国王――が築き、歴代の【木魔法】持ち王族がメンテナンスしてきた、歴史も強度も桁違いの壁だという。

 その壁があっけなく破壊された。そのことにも、確かにエリーは驚いた。


 しかしそれ以上に、エルフの里を守る壁を、ハイエルフがわざわざ破壊する意味がわからない。

 それも、見た目100歳を超える大の大人だ。

 いい大人のすることではない。



「てっ、敵襲でヤンスか!?」


 ようやく自分の仕事を思い出した門番は、危険を知らせる鐘楼を魔法で鳴らし、根元から切り倒された壁の隙間に飛び込んだ。

 何者かもわからないテロリストに対して、応援が来るまでの時間を稼ぐつもりなのだろう。


「ここは通さんでヤン……んん?」


 と。


「おおお?」


 テロエルフと対面した門番は、突然勢いをしぼませると、何やら驚いたような顔をしてみせる。

 何だろう、とエリーは隠れたままその様子を窺っていた。


 数秒の後、門番は馬鹿にしたように鼻を鳴らして、テロエルフに言った。


「なぁんだ、誰かと思えば、プフッ、【鼻毛カッター】でヤンスか! 驚いて損したでヤンス!」


 何と言ったか。ハナ・ゲカッター?

 エルフに姓はないが、長命種ゆえに同じ名のエルフが同時期に存在することはままある。その場合、名前の後に自分の好きな古語を付けて名乗るのだが、「ゲカッター」は古代エルフ語で「外科医専用SNS」程度の意味だ。


 どうやら、このテロエルフは門番の知り合いだったらしい。

 知り合いだろうが何だろうが、里の壁をあっさり破壊した相手に油断をしすぎではないだろうか、とエリーは訝しんだ。


「外れスキルの持ち主が、今更何しに来たでヤンス?」


 テロリストはそんな門番を鼻で笑うと、


「鼻毛とは、鼻の穴に入る埃やゴミを塞き止める存在。

 つまり門番とは、門という鼻の穴を守る鼻毛なのですわ」


 そう言ってまた、軽く腕を振る。




 門番は寸刻みになり、泥の飛び散るような音で、崩れ去った。




 殺人ハイエルフは門番だったものを踏みつけ、踏みにじり、悠々と里の中へ歩み去る。


 これはまずいな、と、藪に伏せたエリーは思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る