1-2. その辺で狩りをするエリー
第427エルフ王国には、成人の儀式――「スキル授与の儀式」に関する、1つの笑い話が伝わっていた。
伝わっていた、と言っても、ほんの100年前の出来事だ。
1000年の寿命をもつエルフにとっては、ひと昔程度の感覚と言える。
当時この里(王国という名の“里”だ)に住んでいた1人のハイエルフが、スキル授与の儀式で外れスキルを授かり、里から追放されたという実話。
そのハイエルフは王族との婚約までしていたが、外れスキルを授かったことで婚約も破棄。実の親にも捨てられた。
一体どんなスキルを授かれば、そんな目に合うのか?
仮にカスみたいなスキルだったとしても、それは流石にやり過ぎだろう。
明日で成人を迎えるエリーはそう思う。
思うが、当時を知る大人たちは、「あいつは普段から性格が悪かったから」だの「みんなあいつに恨みを持っていたから」だのと言う。
性格が悪かった?
だからって、追放まではやり過ぎだ。
別にスキルを使わなくても仕事はできるし、魔法はともかく技能の
エリーがそう言うと、大人は「あいつも外れスキルで肩身の狭い思いをするよりは、外の世界で自由に暮らす方が幸せだったさ」などと言う。
それでも何か言い募ろうとすると、「儀式が不安なのはわかるが、万一外れスキルを引いたって、お前はそこまで酷い目には合わんよ」と的外れなことを言って、話を打ち切られてしまうのだ。
「そういうことじゃ、ないんだって」
エリーは1人小さく呟きながら、引き絞った弓を放った。
ひゅ、と風を切る音に次いで、どす、ばたん、と獲物が倒れる音。
隠れていた枝の上から降りて駆け寄り、狩りの成果を確認する。
斜め上から心臓を貫かれた野生の鶏、フォレストチキンは即死したようだった。
ナイフで首を落とし、足を上に持って血を抜く。
エリーは一般エルフだ。
種族的な正式名称は「森エルフ」だが、エルフの集落では「一般エルフ」としか呼ばれない。
エルフの里では他種族に劣らぬ貨幣経済が成り立っているが、エリーの家は一般エルフの内でも低収入寄りとなる。
そのため、食費の何割かを未成年のエリーによる狩猟採集で賄っていた。
里近辺の範囲で手に入る獲物は多くもないが、エリーの両親だって遊んでいるわけではない。エリーの役割は、あくまで食費の補助だった。
初めて100年前の外れスキル持ちハイエルフの話を聞いた時、自分が授かるスキルのことは全く頭になかった。
けれど、エリーが成人となる日はもう明日に迫っている。
「【弓術】スキルがあれば、一矢で鹿や熊だって狩れるのかな?」
今のエリーの力で引ける弓は8キロがせいぜいで、これで殺せるのは鳥か、小動物か、エルフのような、柔らかくて肉体が脆弱な生き物くらいだ。硬い毛皮や筋肉、強い生命力を持った獣を相手にするのは無理だろう。
遠くから何十本も射掛ければどうにかなるかも知れないが、矢だって買えばタダではないし、まっすぐ飛ぶ矢を自作するのは【木工】のスキルが無ければ難しい。
「別に弓じゃなくても良いんだ。【罠術】とか、【隠密術】とか。
魔法だったら木の実が取り放題の【木魔法】が一番良いけど、【風魔法】や【地魔法】でも狩りはできる」
そう呟いてから、エリーは思う。
そうだ、別に、狩りに拘る必要もない。
生産系のスキルで生活用品を作ったり、商売をしたり。
スキルによっては、未経験でも良い職場で雇ってもらえるらしい。
7つ年上のお隣さんは【治癒魔法】スキルを授かって、今は医師になって高収入。
彼がスキルを得て就職してからしばらく、エリーの両親は「娘が高収入スキルを授かった未来」を想像し、強い期待を寄せるようになった。
7年前の話で、そんなこと本人達はとっくに忘れてしまっていた……というか、明日がエリーの成人の儀式であることすら、覚えているか怪しいが。
エルフは長寿ゆえに、時間の感覚がアバウトだし、些細な出来事はすぐ忘れてしまうのだ。
はぁ、と短く溜息を吐く。
余程酷いスキルを授かっても、最悪、スキルを問わずに働ける仕事に就けばいい。
雇われ店員として店番をする程度であれば、特別なスキルは必要ない。エリーの里にはアルバイトを雇うような大きな店はないが。
未経験可&スキル不問の仕事となると、他の里などに荷物を届ける「配達者ギルド」なら、常に会員を募集していたはずだ。常に募集する程度に人手不足というのは、些かならず不安だが。
改めて考えると、それほど選択肢が多い訳でもない。
「ま、なるようになるかなぁ?」
そして、なるようにしかならない。
授かるスキルの種類は、経験や能力には影響されない。
種族や血筋の影響があるともされるが、まるで突拍子もないスキルを授かることもある。
だからこそ、授かったスキルは活かしても良いし、活かさなくても良い。
一部の仕事は特定のスキルの保有が必須だが、例えば、生産系のスキルを得たからと言って、スキルに関わる生産職に就かなくてはならない法もない。趣味として時々物作りをする程度の者も多いのだ。
「なーるよーに、なーれ!」
エリーはフォレストチキンの血の跡へ足で土をかぶせると、鼻歌を奏でながら里門の方へ戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます