燎原の森エルフ ~外れスキルをレベル999に育てて調子に乗ってるやつらがむかつくので、当たりスキル【火魔法】をレベル999に育てて焼き尽くす~
ポンデ林 順三郎
燎原の森エルフ
第一章:【鼻毛カッター】のリーシャ
1-1. スキルを授与されたリーシャ
その日までリーシャの人生は順風満帆だったし、傍目から見れば、調子に乗っていたとも言える。
ハイエルフのリーシャは、エルフ社会で特権階級に属していた。
【木魔法】スキルを持つ父と【風魔法】スキルを持つ母。
その間に生まれ、ハイエルフの中でも特別才能に溢れるリーシャ。
彼女は、平均的なハイエルフの約10倍、一般エルフの約2000倍の体内魔力を持っていた。
成人の儀式で魔法系のスキルを得れば、下等な他人種の軍勢など、1人で打ち払うことも可能だっただろう。
「なっ、何だ、そのスキルは!?」
そのリーシャが受けた成人の儀式。
またの名を、スキル授与の儀式。
「こんなスキル聞いたことがない……まさか、外れスキルか?」
里の象徴であり、王族の住居でもある王宮の前。
祭壇から響く精霊のお告げ。
「まさか、ハイエルフが外れスキルだって!」
エルフ系人類は種族的に生殖能力が低い。
そのため、小規模なエルフの里では、同じ年に生まれる子どもがほぼ存在しない。
成人の儀式は1人ずつ個別に行われる。
一般エルフの儀式ならともかく、里の支配者階級たるハイエルフの儀式には、里中のほとんどのハイエルフ、一般エルフが参列していた。
故に、リーシャの授かったスキルは、その瞬間に里中のほとんどのハイエルフ、一般エルフに知られることとなった。
〈繰り返します。新たなる成人、リーシャのスキルは――〉
この儀式では精霊の声は2度、繰り返される。
エルフたちは決して聞き逃さないよう、万が一にも聞き間違いなど起こらないよう、口を紡いで耳を
〈――【鼻毛カッター】です〉
困惑、驚愕。
エルフたちが巻き起こす喧騒の中。
「……そ、そんな……有り得ませんわ…………」
スキル【鼻毛カッター】を授けられたリーシャは、茫然と立ち尽くしていた。
***
リーシャはどちらかと言えば性格が悪かったし、鼻っ柱が強く、自分より立場の弱い一般エルフを虐げるのを「当然の権利」だと思っている節もあった。
彼女の生まれ育った第427エルフ王国の第二王子へとの婚約が決まってからは、同格のハイエルフすら下に見ていた。
同世代以下のエルフには軒並み評判が良くなかったが、それでも立場も才能もあり、里の英雄として知られた両親の評判もあり、「リーシャ様だから仕方ないよね」とナアナアにされてきた。
ところがそのリーシャが、精霊の恩恵たるスキル授与の儀式で、外れスキルを授かったのだ。
「ハイエルフは精霊様に愛されているはずだろう?」
「それなのに外れスキルを授かるなんて……リーシャ様は、いや、リーシャのやつは精霊様に見捨てられたってことか?」
「へっ、前々から鼻についてたんだ! 鼻毛のリーシャめ!」
里のエルフたちは、喜んでリーシャを鼻つまみ者にした。
「王族に外れスキルを連ねる訳にはいかない。
リーシャ、君との婚約はなかったことにしてもらおう」
第二王子は鼻を括ったような態度で、リーシャに婚約破棄を突き付けた。
「一族の恥晒しが……貴様など追放だ!」
「せめてもの慈悲です。今すぐ里を出れば、命だけは見逃してあげましょう」
信心深い両親も、リーシャを鼻であしらった。
私物の一切を持ち出すことも許されず、道行くエルフたちからも罵声を浴び、里を追い立てられるリーシャ。
確かに性格は悪かったかも知れない、確かに外れスキルを授かったかもしれない。
しかし、ここまでされる謂れはない。
「くっ、どうしてこの私がこんな目に……ぐぇっ!?」
目に涙を浮かべて里の端、生きた樹木の壁から外に出るための里門へと辿り着いたリーシャは、何かに躓いて地面に倒れ込む。
身を起こしながら振り返れば、そこにはリーシャの足を引っかけた堅そうな木の根があり……その根は、リーシャが見ている間に地中へ潜り、地面は元通り平らになった。
【木魔法】だ。
「ようやく出て行くでヤンスか、鼻毛のリーシャ!」
鼻を鳴らして近づいてきたのは、門番の女。
ハイエルフのリーシャは、彼女と直接会話をしたことすらない。
ただ、門を出入りする際に時々見掛ける、品のない目付きには見覚えがあった。
エルフの里の門番は、誰かの出入りがある度に【木魔法】で樹木の壁に道を開く役目をしている。
つまり門番ということは、すべからく【木魔法】の使い手なのだ。先程リーシャの足を引っかけて転ばせたのも、この女だろう。
「このっ……何をするんですの!」
「へっ、≪アイビートラップ≫ぅ!」
リーシャは激昂して掴みかかろうとしたが、その前に門番の女が発動した【木魔法】によって手足を絡め取られ、声を上げようとした口も塞がれてしまった。
「おお? 何でヤンス、やるでヤンスか? 外れスキルの分際で!」
「むぐーっ! むぐぐぐー!!」
「何言ってるかわからんでヤンスなぁ!
悔しかったら、お得意の【鼻毛カッター】で反撃してみるでヤンス!」
「むぐっ……むぅぅぅ………ッ」
リーシャの頬を伝って涙がぼろぼろと流れる。
しかし、リーシャの【鼻毛カッター】スキルにできるのは、指で触れた鼻毛を切ることだけ。
門番はリーシャを一頻り馬鹿にした後、木の根で拘束したままのリーシャを持ち上げ、振り子のように大きく揺らし始める。
「むぐぐぐー!」
「おらっ、無能な外れスキルは、とっとと出て行くでヤンス!! ≪ウッドハンマー≫!」
そして、地面から伸ばした根で壁の方へと殴り飛ばした。
「むぐー!?」
「そら、≪ガーデンワーク≫ッ!」
あわや衝突という瞬間、樹木の壁にどうにか人が通れるサイズの隙間が開き、リーシャはその縁に掠りながらも、里の外へと放り出された。
「ぐぇっ!? い、痛いですわ……」
ぶつけた箇所も、擦った箇所も傷だらけだ。
骨は折れていないようだが、痛みが治まるまで動くことも難しい。
「ああん? 外れスキル持ちが怪我でもしたでヤンスか?
ご自慢の【鼻毛カッター】スキルで治療したらどうでヤンス?
できないでヤンス? そりゃそうでヤンショ!
何せ…………【鼻毛カッター】でヤンスからなぁ!
ギャーッシャシャシャシャッ!!」
閉じて行く門の隙間から、最後まで門番の馬鹿笑いが響いていた。
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