第5話優の懸念と本社初仕事

人事異動の辞令の話は、一旦終わり、今日の予定の話になった。

本社人事部長

「優君は、昼食後、会長室付特別検査室の面々と顔合わせ、そこで挨拶をしてもらう」

「その後、前任部署の子会社に、離任の挨拶」

「机の中、ロッカー等の整理があれば、それは行うように」

「その後、また会長室付検査部に戻って、今後の打ち合わせになる」


優は、本社人事部長の話を正確にメモしている。

また、その字もペン習字の手本のような美しさ。

これには両人事部長や会長も目を細める。


子会社人事部長が、優に尋ねた。

「優君、突然、子会社を去ることになるけれど、何か心残りとか、心配なことはあるかな」


優は、少し考えた。

「これからは検査という立場で、伺うことになると思うのですが」

そこから、言葉が続かない。

まだ、何かを考えている。


子会社人事部長が、優の顔を覗き込む。

「何か、気になっていることがあって、それが確定ではないとか」

「優君は、まだ入社して2年目、管理職ではないから、入力とか計算業務が中心」

「そのうえで、気がついていることが?」


優は、難しい顔ながら素直に話す。

「はい、確定ではありませんが」

「この4月から、時折異常値が出ています」

「隣の長谷川結衣さんとも、不思議に思っているのですが」


会長が身を乗り出した。

「具体的には、どういうことかな」

「異常値とは、しかも時折の?」


優は、会長から聞かれたので、ゆっくりと話し出す。

「食品部の営業実績報告と分析は、本来、日々報告があって当然なのですが」

「それが、4月のはじめに、3日まとめて報告される」

「当初は、新任の人だったので、慣れないのかなと思っていたのですが」

「それが、5月以降も続き、4日、5日まとめて、とか」

「日々、報告するべきところを、まとめて報告するから、異常値になります」

「しかも、誤字脱字、計算間違いが多くなってきている傾向」

「疑問に感じて、担当者に質問するのですが、要を得ず」

「結局、あまり整理が出来ていない、渡された資料で、再入力している状態が続いています」

「万が一、渡されてない資料があるのではないかと、それが心配になっています」


子会社人事部長の顔が厳しくなった。

「何か変なことをしていなければいいけれど」

「確か担当者は、入社3年目の渡辺重行」

「その上司は、井出芳人か」

「二人とも、同じ大学の先輩後輩で仲がいい、それで甘えが出たのか」


会長が結論を出した。

「子会社で挨拶後、早速検査をするように」

「そうでないと、安心ができない」

「それは優君だけではない、我が社にとっても」


会長室のドアにノック音。

会長秘書の枝村美紀が入って来た。

「子会社に連絡をいたしましょうか?」


会長は首を横に振る。

「いや、その必要はない」

「完全無通告で検査、事情聴取をする」

「そうでないと、実態がわからない」


枝村美紀は、深くお辞儀。

「それでは、昼食後、ということで」

「昼食は、隣の部屋に、準備がしてございます」


その言葉と同時に、会長、本社人事部長、子会社人事部長が一斉に立ち上がり、歩き出す。

優は、その後について、隣の部屋に向かった。

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