第4話 少女という標本に愛を學ぶ
チケットを購入する時になってようやく気づいたが、大学生、いや中学生にもなれば休日は映画館で過ごすというのは典型の一つとなっているだろうが、小学生はどうなのだろう。
彼女にとって大した事でないにせよ、親にとってしてみれば少し引っかかるかもしれない微妙なライン。
前もって計画されていたのではないなら尚更で、例えば遊園地であったなら完全にアウト。娘は何者かに欺かれて、デートまがいな一日を過ごすよう強制されたと考えなくなないのではなかろうか。
「今日、一緒に来たことは秘密だよ」
「えへへ、秘密」
乙女心には良い響きかもしれないが、僕にしてみればまたもや罪を背負った感覚だ。
「何か観たいものある?」
鳥羽ちゃんが指さしたのは意外にも少年向けアニメ。戦艦が宇宙へ飛び立ち、地球に蔓延する病原菌を破壊するためのビームを求めて冒険する物語、だそうだ。
「じゃ、それにしよっか」
これも一つの危ない綱渡りだ。
彼女の観たい映画というのは、本来なら彼女の両親が休日に尋ね、そしてようやく視聴できる作品なのだ。
そして好きなものをよく知る家族であれば、『これはどう?』とわが子より先手を打って、薦めてくるかもしれない。
そこで彼女がいかにして誤魔化すか、それが肝心要。
既に視聴済みともなると、先ほど危惧したバッドエンドへ直行。
社会に断罪されるか、耐えきれずに僕が廃人さながら夜逃げするか、ほぼあり得ないが鳥羽ちゃんと逃避行か。
『自分だけのヴンダーカンマーを作る』という大人から見た奇妙な蒐集癖が、きっとその時、嫌な方向に作用するに違いない。なんともはや嘆かわしい。
「とっても楽しみ。でももう一つだけいい?」
「どうしたの?」
「ポップコーンも欲しい」
きっとこの上目遣いで幾度となく彼女の両親はお金を使ってきたのだろうな。
「あ、キャラメル味が……」
申し訳なさは伝わるが、それがかえって買ってあげたくなるというものか。策士か生粋のお姫様気質なのか。
「ありがとう!」
大事そうにポップコーンを抱きかかえ、僕らはようやっとスクリーン5番のG10・11席へと足を踏み入れた。
「ちょっと!?」
「恋人だもん」
嫌な予感と言えば失礼だけども、一番後ろの席にしておいてよかった。まさか手を繋いでくるほどに積極的な、肉食的な少女であったとは!
「先生、ううん、
「お兄ちゃん!?」
「だって啓太お兄ちゃんは犯罪者になりたくないんでしょ?だったらお兄ちゃんの方が安心安全♪」
からかってるな。僕が生身の人間に無関心系蒐集家ではなく、ロリコン紳士だったら血の涙を流して今日という日に感謝していたに違いない。
つまるところ、これは非現実ということ。おままごとの延長線上にある交際だからこその珍妙さがどこかに隠しきれていない。
「はじまるよ」
耳元でささやかれなくとも、僕には分かっていたが、久方ぶりに誰かと一緒に映画に来たという事、それが塾生な上に女子小学生である事、そしてなにより僕との疑似的なのかはたまた革新的なのか分からない交際関係にある事といった様々な事情を改めて覚らせてくれる天使の小言のようでもあった。
僕はこれまでも何度もコレクションの埃掃除をしながら、自分というものについて考え、悩んできた。
結局この蒐集は何の意義があり、僕は現実を生きているのかなどなど。
でも今は違う。
相変わらず考え出すと止まらないだろうが、それよりも先に彼女の行く末を空想し、時には――いや本来の工程ではこちらだが――授業を工夫して彼女の為を思うなど、この関係性を含めて、いつも彼女の将来を思案している自分がこのスクリーン5番・G11席には存在している。
妙な具合なのは何も現状だけではなく、僕の心情とそれによる実情もまた、よかれあしかれ、鳥羽未来という幼い美少女に影響を受けている。これは疑いようもない事実なのであった。
この小さな手を強く握り返すも、またつねるのも僕の意志によって自在だろう。
だが僕はその反対の手でポップコーンを分け合い、両目は彼女と同じ方向を見つめ続けている。
そう、僕は何も定番コースになぞらえたのではなかったのかもしれない。
僕らが世間における恋人像に幾分も逸脱していない男女であったからこそ、偶然の出会いから必然のデートコースを選択した。
全ては観念による僕の
でもそれは、目の前で繰り広げられる『銀河戦艦』の航海よりもリアルであり、空想描写ではなく、内面描写なのだから、きっと幻想とは別物だろう。
僕らは今日、間違いなく『デート』をしたんだ。
『大変申し訳ございません。国連による放送がございますので、上映は中断させていただきます。払い戻し、もしくはチケットの再配布というかたちでのお詫びとさせていただきます』
博物館の中は時間と共に外界からほど遠い世界を保っている。
だがそんな博物館もまた、世界の中にある以上、世界が終末を迎える時、共に破滅の運命を辿ることになるのは当然なのであった。
「何なんだろうね………?」
僕らはその手を放さずに、もと居たエントランスへと落ち着いて向かっていった。
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