第5話 愛を知る者に外敵を
『地球に住む全人類は、これより、【マジェスティ】に対し、誠に遺憾ながら、戦争により、我々の人権を保障せざるを得なくなりました。今後、その地ごとに多くの犠牲を生むでしょう。
しかしその暁に、我々は人種という呪いを打ち破り、初めて、地球市民として一致団結するのです。地球温暖化には、個々人が多くの犠牲を払って対処してきましたが、その甲斐虚しく、今もなお、食い止めることはできていないという状況です。
今日、開戦の宣言に伴い、皆様に真実を、戦うべき理由を明かしましょう。
この地球温暖化の原因はフロンガスなどによるものではありません』
どこの国の代表だか知らないが、ともかく、つらつらと話しているのがどうも非現実的でいけない。
それでも、これが聞くに値するかではなく、万民が一堂に会して聞く必要があるものだという事は、周りに居る人々の声にならない動揺、そして何より、握った手が小刻みに震えている鳥羽ちゃんの青白い顔を見れば、いかに徹頭徹尾、反戦論者であろうとも、戦う理由を創り上げるのは無理もないと早くも、未来の歴史家に弁解したい。
『その原因は他でもなく、【マジェスティ】率いる要塞空母『
人間の闘争本能を刺激するかのように、拳を空へ突き上げる国連要人。
化学変化のように、街の様子もまばらになってきた。
ある者は要人の猿真似のように同じ熱意を誰になく宣言し、またある者は空を睨みただただ泣くばかり。
日本はどう対応するのか。勿論、無視も中立も無いに違いない。それというのも、宇宙人のような存在との対決だなんてSF、そう、フィクションであるべき事態なのだから。
速報では『緊急事態要請』がなされ、少しでも歴史を知る者は、言わば国家総動員法のようなものだろうと軽い絶望をした。
不幸中の幸いか、僕はこの放送を独りで聞かなくて良かったと思った。
すべてのヒーローが愛する者のために戦うのに、僕だけ虚無を伴って、訳も分からず死ぬのは無残すぎる。
でも、鳥羽ちゃんが。今の僕には本心からでなかったとしても、寄りかかる存在として申し分ない少女がいるんだ。
コレクションはきっと粉々に消え去る。
これはコレクションのさだめだ。だからこそ博物館が台頭したのであり、個人の所有物は自身が灰となるよりも先に塵へと還るのは有史以前からの自然の摂理なんだ。
でも愛は?
「先生」
啓太でも早乙女でもなく、彼女は僕を先生と呼んだ。
それは彼女の恐怖の表れとも取れるが、いずれにせよ気付け薬にはなった。
この僕が愛を云々するとはね。
何も死ぬと決まった訳でもないし、僕が戦場へ出るとも限らない。
それにさっきの映画みたく『銀河戦艦』をどの国が保有しているというんだ。
精々、月への往復と、プカプカと浮かぶ人工衛星くらいなもので、どこから来たのかも怪しい【マジェスティ】なるふざけた存在に戦争を仕掛ける方が頭がおかしい。
「大丈夫、惑わされなければね」
それからの政府の対応は比較的スムーズだった。地震や台風が多い国であったのが幸いしたのか、自衛隊は特別編成によって、『国連所属地球防衛軍』というまさに子供だましさながらの名称へと変化し、警察と消防や医療機関が『統一対応局』として統合された。
中央集権化では、と当初は少なからず専門家の声も一般に届いたが、気づけば彼らの多くも『情報特命係』に配属されるなどなど、上からの改革が名君よろしく徐々に行われていった。
そしてまた僕も。
「早乙女君、君は塾講師だったね」
「はい、そうですが」
「学部長から、『国連広報係日本支部』への推薦が下ったよ。おめでとう」
ゼミの前身のような授業を担当している教授から当然、声をかけられたと思えば、僕に戦争に向けたイデオロギーを制作せよという。
まさに国家宗教さながらの方法。もはや歴史に学んでいるとさえ言える戦争準備だ。
「学業とアルバイトは当分、休むことになるだろう。いや、安心しなさい、成績優秀者にしか、この推薦はもたらされない上に、しっかりと保障もあるんだ。是非とも人類の為にその優れた知性をそそぎなさい」
「え、それって、もう会えないってこと………?」
夏期講習が始まり、いつもより早く塾へと向かうと、鳥羽ちゃんはまたしても心配そうにこちらを見つめ、そう尋ねた。
「きっと忙しいだろうし、なかなか会えないとは思うね。でも、僕が戦う訳じゃないし、時間が合えばその時は」
「そんなのイヤ」
いっそのこと、泣いてくれた方が僕もスッキリした。
でも彼女は色気のない長机を睨むだけで、これまでのワガママとも言える反応は取らなかった。
「あのさ………」
ピピッと、タイマーが鳴る。
休憩はおしまい。あとは夏期講習用の問題をひたすら解くのみの時間が二人の間を流れる。
<結局、お前も人間を所有したいのだろう>
「え?」
鳥羽ちゃんでも無ければ、常勤社員講師でもない、不思議な声。
…………幻聴、なのか?
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