カブトムシ

私は小説を書く才能は持ち合わせていないが、自分の体験を人に語ることはできる。そして、その体験が自分の思っていたのと違ったものに変化して、驚かされることがある。


私には小学校より前の記憶があまりない。

わずかに覚えているのは、アレルギー性鼻炎がひどくていつも口で息していたこと。耳鼻科で吸入器を鼻に入れると、白い煙が鼻を通してくれて楽だったこと、祖母の家で山菜料理が美味しかったこと、くらい。ぼーっとした子供だったから、母は随分心配したらしい。


小学校入学後の私は、不思議大好きで、図書室のオカルト本や神話の本を読みあさった。御多分に漏れず、うちの小学校にも七不思議があり、一番人気だったのは、理科室の人体標本が、夜中の2時になると動き出す、というものだった。ネットのない時代、全国にこの手の七不思議があるのは子供向きの怖い話の本の影響だったんだろうか。とにかく私は、この理科室の人体標本が本当に動くかどうか、どうしても確かめてみたくなった。夜中に理科室に忍び込み、この目で現場をとらえてやることにしたのだ。


小学生が深夜に家を抜け出して学校に侵入するなんて、難しそうに見えるだろう。でも私には簡単なことだった。なぜなら私のうちは学校の真裏で、フェンスの穴からよく忘れ物を取りに帰ったりしていたからだ。


その日の午前2時前、私は家を抜け出して、ひとりで校内に忍び込むことに成功した。懐中電灯すら持って行かなかった。校庭は真っ暗だったが、校舎内には非常口の明かりがあったから。理科室に忍び込み、毛布を頭からかぶってワクワクしながら午前2時を待った。


今か今かと待っていたが、結局人体標本はちっとも動かなかった。怪異などおこらないということに私は落胆し、オカルト本を読むのをやめた。その後は、もう七不思議を確かめようという気にもならなかった。


夏休みになって、Oパーツ趣味をやめた私は、かぶと虫捕りに熱中していた。朝早くから同級生のAと自転車で雑木林に出かけては、カブトムシやクワガタを捕まえていた。今思えば、なんで特に親しくもなかったAと虫取りにいってたのだろう。あまり覚えていないがAが誘ってきた来た気がする。


Aは、おかしなやつで、毎度とったカブトムシを道路においたりして車につぶされるのを物陰から見ていた。私はいまひとつ、Aが何のためにせっかく獲ったカブトムシにそんなことをするのか疑問だったが、そのことについてAに尋ねたことはなかった。Aと私は、黙々と虫取りをするだけの仲だったから。


夏休みが終わって、二学期が始まると、

学校の7不思議がさらに増えていた。

深夜うずくまる子供の霊の話が加わっていた。私はもうすっかりオカルトへの興味が失せていたので気にもしなかったのだが。


「Aは他の生き物も殺してなかった?」


怖い話好きの妻が、そこで口を挟んだ。そういえば、Aはハムスターを飼っていて、死んだ蛙やハムスターを埋めているのをみたことがあると私は答えた。


「ホントに?冗談で言ったのに」


妻は可笑しくてたまらないらしく、注いでいた紅茶をこぼした。


「それで、そこの学校で飼育小屋のニワトリが殺されるんでしょう?」


鶏ではないが飼育小屋のウサギが殺されていたことはあった。なんでわかるんだ。


「犯人Aじゃないの。何なの?その判でついたようなサイコ」


そうかな。Aは夏休み後に引っ越したから、分からない。と答えると、妻はちょっとだけ困ったような顔になって、


「確定じゃない?そんなAと暗い早朝から2人きりで虫採り。あなたも危なかったかもね」


とお茶を飲んだ。。







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