【遊園地編3】メインストリート・ウォータースライダー
〇笑顔溢れるデスティニーランド・メインストリートにて
こんにちは。私、早坂切音っていいます。今日は最近仲良くなった友達、多江と一緒にデステニーランドにやってきました。
久々のデステニーランド、多江は初めてって言ってたから私がリードしなきゃ、と思って張り切って連れて来たんだけど。なーんかさっきから周りの注目を集め過ぎたり、ランドのキャストを張り倒したり。空回りして多江を気疲れさせてるような気がしてしょうがないんだよね。
かわいそうなキャストに謝り倒してようやくお化け屋敷から出たころには、さすがの多江もぐったりしてたわ。私としてはキャストよりも多江に申し訳ないってのが本音だったりして。
「キャストさんが親切な人でよかったです」「あー、暴れたらお腹空いたわね」
私と多江のセリフが重なる。
……まーたやった。どんよりした空気を振り払おうと思ったのに、多江はまだあのキャストのことを気にしてたみたい。
「切音さん、反省してます?」
案の定、多江に白い眼を向けられる。あああ、違うんだよう。しっかり反省はしてるんだよ? でも私はそれ以上に多江に初めてのデスニーを楽しんでほしいんだよう。
謝ろうと思って多江の方を見ると、全然私の方見てない。何見てんだ?
多江の視線の先を追ってみると……ほうほうほう。デスニーキャラクターの耳カチューシャを着けた女子高生の集団がいますなあ。
「多江も着けたいの?」
「いえ、私はそんな。恥ずかしいですし」
そんなこと言いながらあなた、未だに女子高生の耳を視線で追っかけてますがな。
ん? ここでこそ私の出番なのでは?
「買おうよ、耳」
「え? でも」
「いいから! 私が付けたいの。さすがに一人じゃ恥ずかしいから、多江も付き合ってよ」
無理させてないかなってちょっと心配だったけど、手を取ってギフトショップの方に引っ張ると、多江は素直についてきてくれた。
***
「これとかいいんじゃない? 穏やかな多江のイメージにピッタリ」
クマ耳のカチューシャを着けてやると、多江は不安そうな目で自分と私が映る鏡を覗き込んだ。
「本当ですか? 変じゃないですか?」
「本当だって。もっと自信持ちなよ。私はどれにしよっかなー」
犬耳、ウマ耳、イルカのキャシイの背びれのカチューシャまである。ウルトラマンみたいにならないか? これ着けると。
ん? なんか袖が引っ張られてるような?
ありゃ? 多江がなにか言い難そうな顔でこっち見てる。うわー、私また失敗しちゃったかも。本当に嫌だったのかな。
「あの、一緒じゃ……だめですか?」
「え?」
「えっと、お揃いが……してみたくて」
ボン! って頭から湯気が出た気がした。
え? なに? お揃い? ペアルック? 多江と、私が? しかもそれを多江の方から提案してくれるの?
「だめですか?」
返事ができない私を、多江が顔を真っ赤にして見上げてくる。
「だめじゃない。行こう。すぐレジに行こう。今すぐお揃いで買おう」
右手にカチューシャ二つ、左手に多江の腕を掴んでレジに直行。
この子もこのカチューシャも、絶対離さないからね。
***
「えへへ」
ショップを出た多江が、頭につけたクマ耳を触りながらちょっと照れ臭そうに笑う。
ああ、もう。この子はなんでこんなに尊いの。
「ね、お昼ご飯なに食べたい?」
「え?」
「なんでもいいよ。私の奢り」
「え、え。な、なんでですか?」
びっくりする多江。なんででもだよ。正直、デステニーランドの食べ物は一般OLの私には安くない。でも貢ぐよ。私はこの私だけの推しのためにいくらでも貢ぐ所存であります。
「いいからいいから。私がそうしたい気分なの」
「でも、悪いです。自分で出しますよ」
わかってないねえ、多江ちゃん。遠慮すればするほど君の後ろに差す後光は光を増し、私はどんどん君に貢ぎたくなるのだよ。
「いいって言ってんでしょ! ほら早く決めな。ほらほらほらあ」
来月のカードの支払い、いくらだっけ? なんて一瞬頭をよぎったけど、私に背中を押されてあたふたする多江を見ちゃったらそんなのもう関係ないね。ステーキでもデザートでもコース料理でも何でも好きなもの食べさせてやる!
〇水しぶき上がる水上ジェットコースター。その乗り場にて
黄色い悲鳴と共に「バシャーン」と派手な音を立てて、コースターが水に突っ込んでいく。
ずぶ濡れになりながら興奮した様子の先客と入れ違いに、私達はコースターに乗り込んだ。
「先頭じゃないのかあ。残念」
「本当にこれ、レールから外れたりしないんですよね?」
深刻な顔で私の隣に乗り込む多江。
あれ? もしかして絶叫系苦手だった?
順番待ちの列に並ぶ時から妙にそわそわしてると思ったけど。多江に借りたスマホゲーに夢中であまり気にしなかったわ……不覚。
お化け屋敷が平気そうだったからこういうのも大丈夫なのかと思ってたのに、早とちりだったか。
「大丈夫だって。多江も見たでしょ? 水の中に思いっきり突っ込んでたじゃん」
「思いっきり突っ込んでたから心配してるんじゃないですか!」
安全バーの上から自分の身体を抱きしめる多江。
思いっきり突っ込んでもレールから外れなかったでしょ、ってつもりで言ったんだけど……うぅ、言葉足らず。余計に不安がらせてないか、私?
なにか、なにか別のことで多江の気を反らさないと。
「あ、ポーズ。ポーズ決めとこうよ!」
「ポーズ?」
「そうそう。一番勢いよく落ちるとき、その瞬間を写真に撮ってくれるんだよ」
「一番勢いよく落ちるときって……私にその時そんな余裕があると思いますか?」
だ、だめだ。今この子に何を言っても無駄だ。すっかり目が虚ろになっちゃってる。
「ま、まあどうしても怖いときは目をつぶってればいいよ!」
私のアドバイスを聞いて多江は深刻な顔で頷いた。まるでこれから忠臣蔵に討ち入りにでも行くかのような面持ち。大丈夫か? この子。
「それではみなさん、い~ってらっしゃ~い!」
明るいキャストの声に見送られてコースターが動き出す。
「ひいっ」
「きたきたー!」
きたきたきた。多江には悪いけど私のテンションは今、最高潮だ。なにかが始まるこの瞬間。ワクワクが止まらない。
「え、なんかゆっくりじゃないですか?」
「わあっ! 今ちょっと落ちましたよね?」
「え、なんか暗くなりました? これどこか暗いとこ入りました!?」
「……あんた、もしかしてずっと目、つぶってる?」
隣から聞こえてくる多江の疑問符だらけの悲鳴。目をつぶるのはどうしても怖かったら、って私言ったよね? 初っ端から目をつぶってたんじゃ楽しめないでしょ!
「つぶってるに決まってるじゃないですか! あれ、今これ登ってません? だいぶ登ってますよね?」
「あー、そうね。登ってんね」
そりゃ初めての絶叫マシンが怖いのはわかるけどさ。一応、私としては多江に楽しんでほしくて連れてきてるわけだし? せっかくスリル満点なアトラクションなんだし。
「ずっと登ってないですか、これ。落ちます? これもしかして落ちますか!?」
まあ、そりゃ落ちますよ。絶叫マシーンですからね。コースターが登り切って、その先に道が見えないこのスリルがたまんないのに、この子目をつぶってるんだもんな。なんとか多江にスリルを味わってもらえないかな……そうだ。
「いや? なんか登った先平坦だよ。落ちるのはまだ先みたい」
もちろん、嘘。トンネルの中、薄明かりが照らす先はぽっかりと空いた暗闇。マジで落ちてく5秒前。
「よかった。まだしばらくは安全なんで……」
あ、カメラだ。
「両手を挙げて、はいポーズ」
「え? 両手を? え?」
ゆっくりと傾くコースター。徐々に失われていく重力の感覚。座席に押し付けられる私の身体。
「うひょおおおぉぉぉぉぉ!!」
「ええええええぇぇぇぇぇ!?」
私と観客の黄色い歓声に多江の悲鳴が混じり、真っ暗なトンネルに吸い込まれていく。
落ちていく瞬間、カメラのフラッシュが光るのが見えた。多分、“私は”いい顔で写れたんじゃないかな。
***
「ほんっとに心臓飛び出るかと思ったんですからね!」
「ほんっとにごめんって! 出来心だったんだよー」
「次やったら、もう切音さんとは絶叫マシンに乗りませんから!」
降りてからずっとこの調子で怒ってる多江をなだめすかしてなんとか出口前のギフトショップに到着。多江がここまで怒るのは初めて見るかも。イタズラにしてもちょっと度が過ぎたかな。
そんなふうに後悔し始めた私の前を修学旅行生かな? 男子高校生のグループがはしゃぎながら通り過ぎていく。
「なー、もっかい乗ろうぜ。もっかい!」
「いいな! もっかい乗って俺らも『あれ』やろうぜ!」
「『あれ』な! 絶対ウケるわ、『あれ』!」
『あれ』ってなんだろ?
彼らの後ろ姿を見送りながら考えてると、ようやく怒りが収まった様子の多江が私の横で「ふう」と息を吐いた。
「若い子は元気ですね。あんなのに連続で乗ろうと思うなんて」
「ねー。でも『あれ』ってなんだろね」
「さあ?」
まあ、いっか。次のアトラクションに行こう。
そう思って出口に差し掛かったところで記念写真のコーナーが目に入った。こういうのって結局見るだけで買わずに終わるのよねー……ん?
「あんた、あれって」
「あわわ……」
私たちの視線の先には自分たちの写った写真。正確には自分たちの写真の中の多江。
写真の中で多江はそれはもう穏やかな顔をしていた。目を閉じて両手を合わせたその佇まいたるや、もはや菩薩。しかも落ちる瞬間だったから、上下にブレてる。
「あっははは。なんで今にも『天に召されます』って顔してんの! あははは」
「あれは! 切音さんが『まだ落ちない』って言うから安心して! それでも怖いから目は開けられなかったですし!」
「あー、おもしろ。あの写真、どこで買えるんだろ」
「買わなくていいです!」
レジに向かう私の服の裾を多江が引っ張る。いやいや、あんなの永久保存版でしょ。
ちなみに後日、両手を合わせて穏やかな顔で目を閉じた坊主頭の男子高校生集団が落ちていく写真がSNSでちょっとバズりましたとさ。
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