【遊園地編2】待ち行列・お化け屋敷
〇長く伸びたお化け屋敷の待ち行列にて
なんとかドルフィントークを潜り抜けて人心地ついた私たちは今、切音さんの希望でお化け屋敷の待ち行列に並んでいます。なかなか人気のアトラクションなようで、まだお昼には早い時間ということもあり、列は一向に進みません。
「あー、もう! どんだけ待てばいいのよ! この列本当に進んでんの?」
せっかちな切音さんは隣で腕組みをしてちょっと不機嫌そうです。
「列の入り口に四十分待ちって立て札が立ててありましたよ。切音さん、読まずに突っ込むから」
「まじで!? 四十分も!? 今何分待った?」
時計を見ますが長い針は並び始めた時からあまり動いていません。
「十分くらいですかね」
「え、じゃあまだあと三十分も待つってこと!? 無理! 死んじゃう!」
「並ぶの諦めますか?」
「そしたら次来た時には六十分待つことになるかもじゃん! 死んじゃう!」
どうやらお化け屋敷をあきらめるという選択肢は切音さんにはないようです。
「うーん……」
思っていたよりも早い登場となりましたが仕方がありません。私はスマホを操作して秘密兵器を立ち上げました。
「こんなこともあろうかと切音さんの好きそうなゲームをいくつかダウンロードしておきました」
「ゲームかー。あたしあんまり得意じゃないんだよなー」
そんなことを言いながらも切音さんは素直にスマホを受け取ってくれます。
「簡単な操作なのですぐに慣れると思いますよ」
「んー」
生返事をする切音さんの視線は早くも画面にくぎ付けでした。
――三十分後。
「ぅおら! 死ね! とりゃりゃりゃ!」
私の目論見通り、切音さんがゲームに夢中になっているうちに私たちの順番がやってきました。キャストのお姉さんが満面の笑顔で私たちを迎えてくれます。
「大変お待たせしました! お次にお待ちの勇気ある冒険者の皆様! お先にお進みください」
ゾンビに占拠されたお城を冒険するというコンセプトのお化け屋敷なこともあり、案内係のお姉さんもしっかりロールプレイに則って案内をしてくれています。お化け屋敷を提案したのは切音さんですが、私も少しワクワクしてきました。
「切音さん、呼ばれてますよ。行きましょう」
切音さんの袖をそっと引っ張り前進を促します。
……動きません。もうちょっと強めに引っ張ってみます。……ビクともしません。
「よっしゃあ! ついにここまで来た! 行け行け行けえええ!」
まったく気づいていない様子です。切音さんはもはやお化け屋敷よりもスマホゲームの世界を冒険することに夢中のようです。
案内役のキャストさんもロールプレイを忘れて少し心配そうにしています。
「お客様、前にお進みください。お客様?」
「ちょ! あ、ああああ! あんたのせいで攻撃食らっちゃったじゃん! 今やばいとこなんだから集中させてよ!」
「え、えぇーと……?」
だ、だめです。もはやここがどこで、私達が何のために並んでいたのか、そもそも私たちが並んでいたという事実自体、今の切音さんの頭には残っていません。
「こ、切音さあん……」
「うおりゃあああ!!」
私の声、震えてませんか?
後ろに並ぶ他のお客さんの疑問と好機の目に晒されながら発する私の呼び声むなしく、切音さんの雄たけびが冒険者集うお化け屋敷の中にこだましました……。
〇何かがぶつかる不気味な音、おぞましい叫び声の溢れるお化け屋敷にて
なんとか切音さんを引っ張ってアトラクションに入ることができました。が、私は今少し戸惑っています。入るまであれだけ元気だった切音さんの様子がなんだかおかしいのです。
「た、多江? これは多江だよね? 私が今掴まってるこの人は多江であってますか?」
「こ、切音さん? これはどういう??」
「こ、こここれは違うのよ? べ、別にビビってるとかじゃなくて列が長すぎて足が疲れただけの話で」
たしかに、私に掴まる切音さんの脚は震えていて今にも崩れ落ちそうです。
「え! 大丈夫ですか? 待ち時間、長かったですもんね。もっと人の少なくなる夕方まで待てばよかったですね」
「ゆ、夕方なんかに来て万が一本物が出てきたらどうするのよ!」
「本物……? 切音さん、やっぱり本当は怖がってるんじゃ……」
「こ、怖がってはないですけども?」
こ、これは、もしや。
「ぎゃおおおおおおん」
「わぎゃああああああああ!」
突然飛び出してきた作り物のゾンビに切音さんが跳びあがって私にしがみつきます。
「……」
「……」
動かなくなったゾンビの前で気まずい沈黙が流れます。
確定しました。切音さん、ビビってます。
「ええ、そうですが? 怖いですがそれが何か!? 苦手を克服しようとこの度お化け屋敷に挑んでみましたがいけないことでしたか!?」
「な、なにも言ってないですよう」
か、かわいい。なんで急にそんな弱気なんですか。なんでそんなに顔を真っ赤にしているんですか。なんでちょっと泣きそうなんですか!
いつもの切音さんとのギャップに尊すぎて立ち眩みを起こしそうです。
いけません。切音さんのプライドを傷つけないためにもここはいつも通り、なんでもないかのように振舞わなければ!
「大丈夫ですよ。どうせ全部作り物なんですから。怖がらなくたって、切音さんがその気になればみんなやっつけられちゃいますよ」
ファイティングポーズをとって励ますと、切音さんも少し元気が出てきたようです。
「そうか。そうよね! 私が作り物なんかにやられるわけないもんね!」
気合十分に綺麗なフォームでシャドーボクシングを披露してくれます。
と、そんな切音さんに後ろから忍び寄る影が……。
「ぐおおおおおおん!!」
「ぎゃあああああ!」
恐るべき反射神経。襲い掛かってきた影に向かってものすごい勢いで振り向く切音さん。『ドフッ』と鈍い音を立てて先ほどまで空を切っていた切音さんの拳がその影に突き刺さりました。
「ぐほお」
影はくの字に折れ曲がってそのままよろよろと倒れ込みます。
「この! この! 作り物め! ビビってない! ビビってないんだから!」
倒れ込む影に馬乗りになって追い打ちを叩き込む切音さん。というか、さっきから私が影、影と呼んでいるそれは今見るとどう見てもゾンビのコスプレをしたキャストさんです。作り物ではなく、生身の人間です。ゾンビだけに、腐ってない生身の。
なんて言ってる場合じゃありません。
「切音さん、それ人! 作り物じゃなくて人間です!」
『やめ、やめて。ぐふう』と泣くキャストさんから錯乱する切音さんを引き剥がすのはとんでもない重労働になりました。
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