我慢ちゃんと短気さん
@Ishihei
【遊園地編1】入場ゲート・ドルフィントーク
〇親子連れ、カップルで賑わう入場ゲートにて
みなさん、こんにちは。忍野多江と申します。
今日は私の大切なお友達である早坂切音さんと一緒にデステニーランドにやってきました。
切音さんのはしゃぎようは目を見張るもので、私がこうしてモノローグに勤しんでいる間に、入場ゲートに突進する姿が遠ざかっていきます。
「早く早く! さっさと並ばないとアトラクションが混み始めちゃうでしょうが!」
腕を振り回すかのような勢いの手招き。見ている分にはとても可愛らしく、愛おしいのですが周囲の目が少し恥ずかしいです。
実は私、今日が人生初のデステニーランドです。というか、遊園地が人生初です。
「さあ、私を楽しめ!」と言わんばかりの場内ナレーションに仰々しい入場ゲート。早くも怖気づいてしまっていますが、早くもはしゃいでいる切音さんが気兼ねなく楽しめるよう、私も頑張って楽しもうと思います。
〇ワクワクした様子の客で埋まったドルフィントークにて
切音さんに手を引かれてまずやってきたのは『ドルフィントーク』というアトラクションです。
映画館のようなシアター付きの劇場で正面の大きな画面に映るイルカのキャラクター『キャシー』との会話を観客が楽しむ、というアトラクションだそうです。
恐ろしいことにキャシーの話し相手は劇場に集まった観客の中から無差別に選別され、マイクを渡されるのだとか。
「YouTubeで見てから一回来てみたかったのよねー。キャシーがすんごく面白いの」
そう話しながら切音さんは最前列のど真ん中にどかっと腰を下ろします。
「ちょちょちょ、切音さん! なんて場所に座ろうとしてるんですか!」
「え?」
「こっちこっち、私達が座るべき場所はここじゃないです!」
切音さんの腕を引いて後ろの席まで引っ張ります。なんとか一番後ろの席に切音さんを押し込んだところで劇場が暗くなって、アトラクションが始まりました。
危機一髪です。
「なんで一番前に座らないんだよー。あたしもキャシーと話したいよお」
「それが怖いからこうして後ろに隠れるんです!」
ほっぺたを膨らませる切音さんをなだめている間に画面ではキャシーが登場、自己紹介をしています。
「せっかく来たんだから話せばいいのに。おーい、キャシー」
「んななななな!? なんてことしてるんですかあ!」
画面に向かって手を振る切音さんを抑え込もうとしましたがどうやら手遅れのようでした。あのメスイルカさん、すでに私達をつぶらな瞳にとらえていらっしゃいます。
「おやあ、元気なお嬢さんたちがいるねえ。ガイドさん、一番後ろの列にいるお嬢さんたちにマイクを渡してくれるかい? 二つ結びのこの方にしようかね」
終わった。終わりました。切音さんはストレートロング。二つ結びは私の方です。
とっさに切音さんの髪の毛を左右に束ねて握ってみました。ガイドさんは私にマイクを差し出しました。無駄でした。
「ずるーい! 多江ずーるーいー」
人の気も知らないで髪の毛を握られたままの切音さんがぽかぽかと殴ってきます。
切音さん、私は今あなたのせいで断頭台に立たされているんですよ。
「お嬢さん、お名前は?」
「ぉ、おしのです」
「いい苗字だね。名前も教えてくれるかい?」
「ひゃいい、多江です……!」
名前=下の名前というルール説明は受けていませんでした。不公平です。
「素敵な名前じゃないか。それじゃあ多江、あんたにイルカたちの挨拶を教えるよ。私が『盛り上がってるねえ』って聞いたら両ヒレを挙げて『いえい!』って応えておくれ」
しゃべるだけではなく両ヒレ、もとい両手を挙げる。ルールも把握していないのにハードルがぐんぐん上がっていきます。
「それじゃいくよ。盛り上がってるねえ!」
「ぃぇぃ」
精一杯です。私は頑張りました。肩の高さまで挙げたこの両手はもはや降参のポーズにしか見えませんが。それはそれで今の私の気持ちを代弁しています。
自分のことでいっぱいいっぱいだった私は隣で座る切音さんのうずうずとした視線に気づいていませんでした。そして、気づいた時にはもう手遅れでした。
「違うよ多江! こうだよ、こう! いええええええええええい!!!」
椅子から立ち上がり、どこぞのお笑い芸人ばりに声を張り上げて万歳する切音さん。
それまで劇場内では大体8割くらいの人がキャシーを、残りが私たちを見ている、といった内訳でした。今は違います。全員が切音さんを見ています。切音100%です。
「おやおや、お友達の方があたしよりも教えるのが上手だねえ! はっはっは」
キャシーの笑い声につられて劇場内が笑いの渦に包まれます。
中には切音さん、ひいては隣に座る私も一緒にスマホで撮影しているお客さんも。
切音さんは楽しそうにカメラに向かってピースをしています。
ラブ&ピース。愛と平和は地球を救うと言いますが、仮に地球を戦争や環境破壊から救えたとて私の心も救えるとは思えません。
私の顔は今、きっと地球もびっくりするくらい真っ赤に温暖化していることでしょう。
「いっそ殺してくださいいぃぃ……」
思わずこぼれた心の声は、「いええい」とはしゃぐ切音さんと劇場の笑い声にかき消されていきました。
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