第4話 その発想は作り上げられている

「おなかすいたワン」


机に突っ伏した幼馴染は、3限の数学でエネルギーを使い果たしたようである。俺の接近に気づくと、ブレザーの内ポケットをバンバンと叩く。


「かっぱえびせん?」


中身を当てられてしまった。


「よくわかったな」


「この空気感、音。すぐわかる」


朝には確認できていたポッキーは既に凛花の腹の中のようだ。


俺は溜息をつくと、ごそごそとミニサイズのかっぱえびせんを取り出す。


「待て。いくら朝飯食べてないとはいえ、昼飯前にこれは食い過ぎだ」


「じゃあなんで出したの?」


「これ以上袋を叩かれたら、えびせんが粉末になるからだ」


俺の真っ当な反論に、口を尖らせて抗議する凛花。


「いつもだったら何も言わずにくれるじゃん」


「今日はカラオケでカロリーを消費するとはいえ、おまえは食べるつもりだろ?あれを」


「アイスクリーム!!」


そうなのだ。どうせドリンクバーつけるだろうから、アイスクリームも食べ放題だ。それは危険すぎる。


「いいか?唐揚げ3つよりも、バニラアイスクリーム一個食べるほうが、カロリーが高い」


「え!?」


この世の終わりみたいな顔しやがって。どんだけ食べたかったんだ。


こいつは身長が低いから、太ったら肉がつくところが目立ってしまう。それを、空腹を感じたらすぐ俺にねだってくるのだ。


胸がでかいからって侮れない。いつ、胸につく脂肪分が腹に行くかなんて本人もわかっていないのだ。俺が管理するしかあるまい。


「胸でかい方が好きな癖にダメとか言う」


「だからなんだ?俺は別に・・・」


「巨乳が好きなくせに、育てる気は無いとか矛盾してる!」


は?育てる?何をだよ!


ああ、もう。凛花の声がデカすぎて教室が変な空気になってるじゃねーか!


ひょいっと若生が様子を見にやってきた。


「真野さぁ、凛花はあんたのために食べてるんだって。わかっておやりよ」


「若生、お前はヨシって言われたこいつが途中で食べるのを止めるの、見たことがあるか?」


「綺麗に完食するね」


「だろ?」


「おーねーがーいー!ご主人様、お預けはひどいー!!」


「勘違いされるからやめてくれ」


「だったらなんでえびせん?カロリー限りなくゼロのこんにゃくがいい!」


「我儘を受け入れるのも飼い主の役目だよ?」


若生が諦めたら?と言わんばかりに俺の肩に手を乗せる。


いや、うちの躾的に、食べすぎだから。だから揉めてんのにさ。どうしちまったんだよ凛花。


「・・・わかった。冷蔵庫にあったクリームプリン食べたの謝る」


「あれやっぱりおまえの仕業かよ!」


「あんたたちほんと2人で住んでんの?仲良すぎでしょ」


「おばさんが良いよって言った」


「それ俺の分のプリンは補充する気なくて、結果的に俺が損してるんだが?」


「細かいことを言う男は嫌われる」


バリィといつのまにかえびせんの袋を開けた凛花。


俺は頭を抱えるしかなかった。



ーーーーーー


昼飯どき、焼きそばパンをもきゅもきゅと頬張っている凛花の顔を見ながら、俺は豆乳を飲んでいた。凛花の隣に座ってる若生は、お手製のおにぎりを食べている。


「ここまでイベントが無くて静かだとつまんないね」


若生がぽつりと呟く。


それはこの学年の誰もが思っていることだろう。わざわざ口に出すことではないのだが、まぁ要は、なんか楽しいことない?みたいな話になりがちだ。


文化祭が9月に終わっていて、その余韻は既にもう消え失せている。


特待生クラスらしからぬお化け屋敷は大成功を収めて盛り上がったが、今の教室の雰囲気は、将来に向けて自分自身と向き合い、ピリピリしてるやつらばかりだ。


受験というのは自分自身との戦いだからな。成績が伸びなくてイライラしてるやつらが多いが、そんなやつと話してもストレスがこっちに移動してくるだけであって、そんなの何の得にもなりゃしない。


クラス全体でお互いにそれがわかっているから、異様で重苦しい空気があるのは間違いなかった。


かくいう俺も、凛花の世話をすることで受験勉強を焦る気持ちを隠している部分がある。


そう。こいつを自立させることが第一目標なのだ。それを成し遂げたら俺は・・・。


「教師になるのって、今の時代大変じゃない?」


「それを言っちゃあおしめぇよ」


「実習あったら母校に行けるのは楽しい」


凛花は俺の真似をしてるだけである。よって進路も俺と一緒。


教師としての覚悟とか以前に実習の楽しさに浮かれようとしてる凛花。ほんとにやる気があるのかは未知数である。


「あっくんが女子生徒に誘惑されないように見張らないと」


「理由がそれ!?でもまぁ・・・真野ならありえるかも?」


「おい、おまえら頭おかしいんじゃねーか?」


「実習って大学生でしょ?3つくらいの歳の差ちょうどいいんじゃない?」


「真面目な若生が死んだ!」


「勝手に殺さないでよ。実際3つくらいの歳の差なら許容範囲でしょ?あんたが中3女子と付き合うようなもんよ」


「あっくんが望むなら中3からやり直してくる」


「アホか!」


普通に中3のやつらと混じっても凛花はわからなそうだ。有り得なくもないのが恐ろしい。


「ってことで、地元で有名な黒歴史でも作れば、変なオンナは寄ってこないと思うの」


「うん・・・ん?」


話の方向がおかしい。


「繋いどく?」


ジャラ・・・。


若生が取り出したのは黒くて硬い物体。それらは連なっており、先には赤いバンドが。



・・・首輪と、鎖??

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