散り散りの星野光(5)

「くそ……!」


 リュカはアヴィオールに目を向ける。だが、樹液の雨を無視できない。一人のワーウルフの腕を引き、自分に降り掛かる樹液を彼に浴びせた。途端に、辺りに絶叫が響き渡る。

 樹液は肌に触れた瞬間、激痛と共に水泡を作り出す。肌がただれ、黒く色付く。ワーウルフは、あまりの痛みに目を開くことができない。


「ぎええ!」


 もう一人、樹液の被害にあったワーウルフが、床を転げ回っていた。目に入ったらしく、両目を手で覆い隠して涙を流している。


「糞ガキ! 待ちなさいよ!」


 リュカはワーウルフを突き飛ばし、アヴィオールの背中に向かって怒声を飛ばす。

 だが、大股で迫るグリードに気付くと、振り向きざまにナイフを薙いだ。

 メイスとナイフがぶつかり合い、鋭い音を立てる。グリードの方が力が強く、リュカは弾かれてよろめいた。


「某は、グリード・アスクラピア。蛇使いの一族に名を連ねる者なり」


 野太い声で自身の名を叫ぶグリード。リュカは右の口角を吊り上げて、鼻で笑った。


「何、いきなり」


「名を名乗らねば、無礼というもの」


「意味わかんない。ほんっと、あんたら邪魔だわ」


 リュカは身を屈め、床を強く蹴る。グリードの正面に迫ると身を屈め、睨み上げた。右手側、逆刃に握ったナイフの切っ先がギラリと光る。

 反射的に、グリードは盾を前方に向けた。リュカのナイフを受けるためだ。

 だが、リュカはそれを見越していた。ナイフで盾を斬りあげると見せかけて、頭上へと放り投げたのだ。放たれたナイフは鉄砲玉のように、シャンデリアへと向かっていく。

 受け皿の一つにぶつかり、揺れた。その拍子に、光源である星屑の結晶がバラバラと落ちてくる。


「撃て!」


 リュカの声に応じて、ワーウルフが拳銃を撃つ。狙いは適当だ。

 一瞬光った火花が星屑に引火し、爆竹のように火を散らした。


「伏せろ!」


 サビクがグリードに叫ぶ。

 グリードは盾を頭上に掲げ、火花から頭を守る。その時前方は


「隙だらけよ!」


 リュカはナイフを両手で構え、グリードに体当たりした。

 グリードの腹に、ナイフが深々と突き刺さる。生暖かな鮮血が、傷口から漏れ出る。


「グリード!」


 サビクは叫ぶ。

 リュカはしたり顔。勝ったと言わんばかりだ。

 だが。


「突っ込んで来るとは愚かな!」


 グリードは盾を投げ捨てると、リュカの頭を掴んで自分から引き剥がす。驚愕きょうがくする彼女を床に叩きつけ、更にメイスで追撃を仕掛ける。


「リュカ様!」


 そこに割って入ったのは、銃使いのワーウルフだ。小柄な彼はグリードの横腹に飛び込んだ。

 ぶつかる衝撃。ワーウルフは、グリードの腹に刺さったままのナイフを掴み、捻る。その痛みにグリードは耐えられず、ワーウルフを蹴飛ばして倒れてしまう。

 サビクはすぐ様彼に駆け寄り、輝術で傷を癒しながら小瓶を宙に放り投げた。


「割るな! 受け止めろ!」


 リュカは体を起こし、ワーウルフに指示を出す。ワーウルフは頭から滑り込み、小瓶を両手で受け止めた。

 小瓶の中には水。そして、銀色の欠片。

 それを見た瞬間、小瓶が爆ぜた。


「ぎゃああ!」


 ワーウルフの顔にガラス片が突き刺さる。頬も額もズタズタに引き裂かれ、表皮がべろりとめくれてしまう。咄嗟とっさに瞼を閉じたのだろう。目は無事だったが、酷い有様だ。


「樹液と思った? 残念、ナトリウムの爆発さ。まあ、上手くいくとは思わなかったけど」


 サビクは動かない。否、動けない。グリードの傷は想像以上に深く、癒しに時間を取られているのだ。

 リュカは二つともナイフを失った。体術でも戦えないことはない。だが、一見戦えないように見えたサビクが、意外と手強い。他に何を出して来るかわからず、素手では下手に動くことができない。

 両者睨み合う。互いに手を出せない。


「まあ、負け戦さ」


 サビクは笑う。

 リュカは、彼の言葉の意味がわからず眉を寄せた。


「サビク、また僕らの邪魔をするんだね」


 サビクの背後から、アルゲディの声が聞こえる。

 リュカとの戦いに勝っても意味はないのだ。恐慌きょうこうを操る大賢人、アルゲディがこの屋敷にいては、勝っても逃げる算段はない。


「スピカちゃんとアヴィ君が、恐慌きょうこうの音が届かないところまで逃げてくれればいいけどね」


 サビクは呟く。

 アルゲディは、サビクをただ見下ろして、袖の下からパンパイプを取り出した。


「かなり光を浴びてたし、そこまで遠くに逃げてはいないと思うけど」


 サビクはガクリと肩を落とす。

 グリードの傷がようやく癒えると、彼は弾かれたように立ち上がった。


「グリード、僕らの勝ちだ。意味のない勝ちだ」


 サビクはグリードの肩を押さえる。グリードはサビクを振り返り、肩を怒らせた。


「意味ならある。申したでしょう。某は、単身で戻ったわけではありませぬと」


 グリードの言葉に、サビクは笑う。確かにそうだ。仲間と共に戻ってきたと言っていた。


「あー、なるほど」


 アルゲディは気付いたようだった。リュカを見遣ると、すぐに指示を出す。


「狼の……誰だっけ。まあいいや。引き続き追って」


「私は、アルデバラン様の部下だ」


「いいから。目的はアルデバランと同じなんだから。とにかく追って」


 リュカは舌打ちし、手放したナイフを二つとも回収する。グリードをちらりと一瞥するが、何も言わずに踵を返した。


「さて、狼の手伝いでもしようかな」


 アルゲディはパンパイプを口に宛てがう。


「それはならん!」


 グリードが、パンパイプを奪おうと手を伸ばす。だが、銃使いのワーウルフがグリードの腕を掴んで止めた。

 グリードはワーウルフを見る。


「卑怯な……」


 ワーウルフはサビクに銃口を向けている。人質だ。


「グリード、優先すべきは、スピカちゃんとアヴィ君だよ」


「しかし……」


「撃たせておきなさい」


「しかし……!」


 その押し問答の間待ってくれる程に、アルゲディは優しくない。「めんどくさ」と、蚊の鳴くような声で呟いて、パンパイプを奏で始めた。

 

 風が。光が舞う。音が舞う。

 それが耳に入った瞬間、グリードは、サビクは、強い恐怖を感じた。

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