散り散りの星野光(3)

 アンナは廊下を行ったり来たり彷徨うろいて、レグルスを待っていた。レグルスはファミラナと共に部屋に籠ったきり。暗号はかなり複雑なのか、それとも情報量が多いのか、長い時間籠っている。

 暗号の解き方はあるのだから、一時間程度で解けるのではないか。アンナはそう思っていたが、既に三時間が過ぎようとしていた。


「アルフは、カペラやグリードと一緒に出てしまったし、グレイ殿はカルロス殿を迎えに出掛けてしまったし……」


 待つことが苦手な彼女は、苛立ちを溜め込んでしまっている。たまらず、レグルスを急かすべく扉を押し開けた。


「ふざけんなよ!」


 突然、レグルスが叫び声をあげた。アンナは驚き、肩を跳ねさせた。

 レグルスは机を拳で叩く。カフェオレが入ったマグカップが揺れ、跳ねた雫が紙を汚す。

 日記は紐が解かれ、机に床に散らかっていた。握りつぶしたものもあるらしい。破り捨てようとしたものも。


「おいおい、何だこの惨状は……」


 アンナは呆れて、床に落ちたページを拾おうとしたが、それをファミラナは止める。


「まだ解読中です」


「いや、終わったよ、全部」


 レグルスは言い、両手で頭を抱えた。

 アンナは日記を踏まないように爪先立ちで歩く。机に近付きレグルスの手元を見ると、目を見開いた。

 机には三枚の紙。育児日記の中にある文字を、赤いインクで丸く囲っている。それを、順番通りに読めば、


「乙女を絶やせ……つまり……」


 レグルスもファミラナも、何をするべきか気付いて絶望していた。改めて言うでもないその言葉の意味を、アンナは理解し捲し立てる。


「できるわけないだろう! まだ年端もいかない子供だぞ!」


「知らねーよ! てか、何でだよ。母親が子供の死を願うとか、ふざけてるだろ!」


「解読を間違えたのでは無いのか?」


「私達もそう思って、何度もやり直したんです。でも……何度やってもこれに行き着くんです」


 絶句する。

 これが求めていた答えとするなら、残酷なことではないか。

 部屋に西日が差し込んでくる。そろそろ夕刻だ。オレンジに色付いた陽の光が、レグルスの背中を照らす。

 ファミラナはそれをぼんやりと見ていた。そのまま視線を日記にずらす。紙切れ二枚を日に透かし、解読に間違いはないか何度も確認する。


「あれ……?」


 気づいた。日記に何か塗られている。


「そんなことってある? あんまり古典的すぎない? いや、でも、そんな……」


 ファミラナは自問する。

 もしこれが間違えていれば、日記を傷付けてしまうことになる。


「ねえ、ライター貰える?」


「ライター?」


 レグルスはポケットを探り、使い捨てのライターを取り出した。ファミラナにそれを差し出す。

 ファミラナはそれを受け取り、着火レバーを指で押さえる。火をつける前に、レグルスを見て小声で謝罪した。


「燃やしちゃったらごめんね」


「え?」


 ファミラナは火をつけると、徐に紙を炙り始めた。


「ファミラナ、お前何して」


「あぶり出しだよ」


 ライターを動かして紙を満遍まんべんなく炙っていく。ファミラナはちらりとレグルスを見遣り、微笑みながら問いかけた。


「小さい頃、やらなかった? レモンを絞って、紙に文字を書いて、仲のいい友達にあげるの。透明だから、誰かに読まれることはないし、秘密のやり取りができるんだよ」


 紙には茶色の文字が浮かんできた。黒インクで書かれた日記が邪魔をして読みづらいが、炙り出した文字もやはり古語であった。

 レグルスは、初めて見るあぶり出し、そして更なる情報を手に入れたという興奮で、ファミラナの肩を抱いて声をあげた。


「ファミラナ、すげーよ!」


「ふえっ? いや、いやあの、でもこれ、かなり古典的な手だから、そんなに凄いことじゃ……」


 ファミラナの謙遜けんそんを聞いたアンナも、ファミラナの頭を撫でて褒めちぎる。


「いや、君が気付いたからこそ、次に進むことができた。君の手柄だ」


 ファミラナは緩んでしまう顔を紙で隠す。だが、真っ赤になった耳までは隠せず、照れていることはレグルス達には丸わかりだ。


「てことは、これ全部か?」


 レグルスは部屋を、部屋に散らばった紙を見回す。二人だけで解読するのは、そろそろうんざりしていた。


「アンナ、見張りはいいから手伝ってくんね?」


「見張りを頼んだのはレグルスの方だろう?」


「時間が無い。頼むよ」


 アンナは暫し考えるが、それもそうだと納得した。床に散らばった紙を拾い集め、丸められた紙は広げた。


「ライターを貸してくれ。私が炙るから、二人は解読を頼む」


「了解」


「了解です」


 レグルスとファミラナは、再び机に向かい、解読を続ける。

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