散り散りの星野光

散り散りの星野光

 アルファルドは、グリードから日記帳を受け取る。表紙が焦げてしまっているのが気に掛るが、パラパラとページをめくってみると、中は無傷であった。

 クラウディオスにあるグレイの家。そこに集まった彼らは、振る舞われた甘ったるいカフェオレには手をつけず、互いに顔を付き合わせている。


「アヴィは行方不明か……」


 アルファルドは呟く。単身で白山しらやまに行かせたことを後悔していた。


「いえ、彼は銀原ぎんばるにはやって来たのです。日記を持ち帰った後に行方知れずになりまして」


 グリードは面目ないとばかりに頭を下げる。最後にアヴィオールと対話したのは彼だ。自責の念に駆られているようだ。


「行先の想像はつく。どうせ宮殿だ」


 レグルスは言う。


「あいつ、割と単純なんだよ。売られた喧嘩を、考え無しに買うくらいには」


「スピカちゃんのことしか考えてないもんね」


 ファミラナもレグルスに同意する。短い付き合いの中で、アヴィオールの性格はよく理解していた。

 それを聞いたアンナは、声をあげて笑う。


「なら、我々と行き先は同じということだな。

 あっはは。アヴィは、お前の若い頃にそっくりじゃないか。なあ、アルフ。お前もエルアのこととなると」


「アンナ、黙れ」


「っ……! だ、黙れとは何だ、黙れとは!」


 喋りすぎたアンナは、アルファルドから睨まれ萎縮いしゅくした。かにの大賢人の方が立場は上だと言うが、アルファルドとアンナのやり取りからは、どちらが上かわからない。


「ところで、マーブラとキャンディは? 一緒に山下りてきたんだろ?」


 レグルスは問う。それに答えたのはカペラであった。


「マーブラとキャンディは、先に宮殿に向かうって言ってましたよ。アヴィに合流できたらするって」


「ああ。息巻いて屋敷を出たが、アヴィオールは宮殿の入り方がわからないのではないか?」


「だと思いますよ。だから一緒に乗り込みたいなって言ってたですよ」


 グリードは眉を寄せてカペラに問いかけ、カペラは答えた。


「上手くいくか?」


 二人の会話にレグルスが割って入る。彼の問いかけにカペラは、


「無理じゃないかな?」


 と、一言返した。

 再び皆の視線は日記に注がれる。ただのノートにしか見えないそれに、何が書かれているというのか。それは誰にも想像できない。

 

「中は何だ? 某にはただの日記にしか見えぬのだが」


 グリードは呟く。アルファルドはそれを聞き、目を伏せた。


「思い当たることは一つだけある」


「それは何だ?」


 アンナは、アルファルドの顔を覗き込み尋ねた。アルファルドは呟いた言葉を後悔しつつ、机に置かれたカフェオレに手を伸ばす。

 口に入れた瞬間、砂糖とミルクの暴力的な甘さが襲いかかる。それに咳き込みながら、アルファルドは口を離した。これは飲めたものではない。


「アルフ、教えろ。これは盟友からの……」


「盟友でも教えられん。昨日はたと気付いたことだし、あくまで推測でしかない」


 アンナは不安げに唇を尖らせるが、拗ねても答えは得られないということはわかっている。日記をアルファルドの手から取り上げると、レグルスに差し出した。


「あ、おい。何をする」


 アルファルドに咎められ、アンナは自嘲した。


「我々では暗号とやらを解けない。レオがいない今、その息子に頼るしかないだろう」


 レグルスは顔をしかめた。

 彼は、父から貰った暗号解読の手順書がある。しかし、レグルス自身は頭を使う座学が苦手だ。暗号を解読する自信がないのだ。


「俺には無理だ」


「いや、やるんだ」


 アンナはレグルスに無理矢理日記を握らせる。


「俺頭わりいから無理だって」


「残念だったな。優等生組は今いないぞ」


 アンナはカラカラと笑い、グレイを振り返る。グレイもまた、足りない歯を見せて笑っている。


「して、わしは何をしましょうかな」


「今夜、時計塔に入らせていただきたいのです。そこを待ち合わせ場所としまして、潜伏に使わせていただきたい」


 アンナは、普段の口調から程遠い丁寧な言葉でグレイに依頼する。グレイは深々と頭を下げた。


あいわかりました。では、カルロス様にはわしの家に泊まっていただくとしましょう」


「すみません。よろしくお願いします」


 アルファルドはグレイに頭を下げる。日記の解読を終えたら、皆で時計塔に集まり、情報共有するつもりでいるのだ。

 だが、いささか不安で、レグルスを見遣る。困惑している彼の顔を見ていると、心配で仕方ない。だが、今は彼を信じるしかない。


「レグルス」


 アルファルドに呼ばれ、レグルスは顔を上げた。


「お前が頼りだ」


「まじかよ……」


 レグルスは日記に視線を落とす。それを持つ手が汗でじっとりと濡れている。

 頭を使う仕事は苦手なのだ。胸中は不安で埋め尽くされる。間違えた情報を伝えてしまったらどうする。

 ファミラナがレグルスの顔を覗き込んだ。


「大丈夫。レグルス君ならできるよ」


 レグルスはファミラナの顔を見た。

 彼女は本来この騒動に関係がないのだ。それなのに、自分が誘ったばっかりに、引き止めてしまっている。


「困ったことがあれば私も手伝うよ。ううん、手伝わせて」


 ふわりと微笑む彼女の顔を見ていると、何故だか不安が消えていく。


「どうにかなる。いや、するしかない」


 レグルスは日記帳をパラパラとめくる。日付はバラバラで、書かれている文字は古語だ。隠したい何かがあったことは明白である。


「古語苦手なんだよな……」


「学校で習わなかった?」


「習ったけど……」


 レグルスはファミラナを連れ、部屋を出る。集中して作業をするために、別室へと移動する。


「ああ、古語なら尚更スピカが得意だな……」


 アルファルドはぽつりと呟く。


「文系なのか」


「あの子は歴史が好きでな」


 アンナが問いかけ、アルファルドがそれに返す。暫し沈黙。

 タラレバを言っても仕方ない。そもそもスピカを助けるために、首都に戻ってきたのだから。

 アルファルドは立ち上がり、身支度を整える。コートを羽織り、ウエストポーチを腰に留めた。


「パパさん、私達は何しましょうか?」


 カペラがアルファルドに問いかける。その傍にはグリードが立つ。

 アルファルドは少しだけ迷う。グリードは次期大賢人であるから兎も角、カペラを巻き込むのは如何いかがなものか。


「カペラ、君は自分達の側について、本当にいいのか? 君は馭者の賢者だ。家名に傷がつくんじゃないか?」


 カペラは、子供がするように頬を膨らませた。


「星が死んだら、家名も何もないじゃないですか」


「それはそうだが……」


 たじろぐアルファルドに対し、グリードが発言する。


「カペラ嬢はサポートに回ってもらい、某が前線に出ましょうぞ」


 おそらく、カペラと共にいたいという下心もあっただろう。カペラにはそれが透けて見え、ジトッとした目でグリードを見上げる。

 グリードと共に動いた方が、生存率は上がるのだろう。だが、カペラは、回復手段しか持たないアルファルドのことが心配だった。


「私、パパさんと行きます」


「え?」


 グリードの口から間抜けな声が漏れる。


「戦えるグリードさんが、スピカちゃんを助けてあげて。私はパパさんと一緒に陽動に回ります」


 カペラは「いいですよね?」と言いながら、アルファルドを見上げる。確かに、カペラの提案は悪くない。

 アルファルドは問う。


「力を借りてもいいだろうか」


 その言葉に、カペラとグリードは声を揃えて返事をする。


「勿論」


 アルファルドは感謝を述べる。そして、カペラ、グリードと共に、愚策会議に移った。

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