測光観測の末

測光観測の末

 馬車は跳ね橋を渡り、孤島の内部へと進んでいく。

 宮殿に戻ってきたことを理解し、スピカは深くため息をついた。

 四人掛けの馬車には、アルデバランとアルゲディが相席している。彼らは語ることがないようで、口を閉ざし窓の外を見ていた。

 スピカの隣に座っているのは、アルゲディが率いる近衛兵の内一人。そのサテュロスはスピカについていながら、彼女に興味を抱いてはいないようである。

 あまりの居心地の悪さに、スピカは堪らず尋ねた。


「乙女の宮に帰っていいんでしょう? なら、ここで降ろして頂戴」


 しかし、アルデバランは首を振る。


「帰っていいと言った覚えはない」


「じゃあ、何処に連れていこうって言うの?」


 アルデバランはだんまりを決め込んだ。どうも話すことは嫌いらしい。

 代わりにアルゲディが口を開く。


「牡牛か山羊魚やぎ、どっちかの宮で監視するしかないでしょ。スコーピウスは嫌がるだろうし」


 自分の立場を考えれば、アルゲディの提案は容易く予想できるものであった。スピカはため息をつく。


「俺のとこで世話しようか?」


 アルゲディがアルデバランに提案する。アルデバランは眉を寄せた。


「断る」


「そっかー」


 アルゲディは表情を一切変えず、ぼんやりとした目付きのままそう返す。

 彼は一見怠惰たいだなように見えるが、その内面はよく見えない。列車の中で見せた、あの爛々らんらんとした目は何だったのか。

 今となれば、あの時は自分が気を張っていたために要らぬ警戒までしてしまっていたのだろうかと、スピカは考える。アルゲディが、必要以上に自分へ目を向けているのは、おそらく気のせいなのだろうとも。


「スピカはさ、どっちがマシなの?」


 アルゲディに問いかけられ、スピカは彼の顔を見つめ返した。


山羊魚やぎの宮と、牡牛の宮。どっちに行ったところで同じだろうけどね」


 欠伸あくびを噛み殺しながら、興味などないかのように間延びした声でそう言う。


「どちらも嫌よ。せめてさそりの宮にして頂戴」


 駄目で元々とばかりに、スピカは言う。だが、アルデバランは首を横に振った。


「駄目だ。私の目の届く場所にいなさい」


「心配なの? 私のこと嫌いなのに?」


「心配なのはエウレカの方だ。お前じゃない」


「…………そうよね」


 スピカは自嘲した。暫く沈黙する。

 互いに相容れないのだ。挑発などするものではなかった。痛い程に、沈黙が胸に伸し掛る。


「実の子に対してあんまりじゃない?」


 険悪な空気に耐えられず、アルゲディは口を挟んだ。


「煩いのも嫌いだけどさ、こういうのも嫌いだよ。

 俺のとこに来な。こいつよりかはマシでしょ?」


 アルゲディは小首を傾げてスピカに提案する。

 唐突に、直感めいたものを感じた。山羊魚やぎの宮には、彼の近くには、近付いてはいけない。


「俺はさ、少なくとも君のこと嫌いじゃないよ」


 だが、アルデバランに近付いても危ない。彼なら、強引にでもスピカの魂を引き剥がそうとするだろう。

 ならば、多少なりともハッタリが通用しているアルゲディの方が、危害を加えてくる可能性は低いのではなかろうか。スピカはそう考えた。


山羊魚やぎの宮に行きます」


「ん、いい子」


 アルゲディはスピカの頭に手を伸ばす。

 ニヤリと笑った彼の顔が目に入る。スピカはびくりと肩を震わせて首をすぼめた。

 アルゲディの手が、スピカの頭を不器用に撫でる。二つに結っていた髪は乱れ、リボンが解けて床に落ちる。

 スピカは、アルゲディの手から逃げるように身を屈め、解けたリボンに手を伸ばした。


「わかっているだろうな」


 アルデバランは、アルゲディを睨みながら言う。念を押すかのように。

 アルゲディは、それに対してヘラヘラと笑っているだけだった。

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