ブルーマーブルは黒に染まる

ブルーマーブルは黒に染まる

 駅のホームで汽車を待つ二人の子供。片方は黒髪の少女。それに寄り添うのはブロンドの髪をした少年だ。

 二人は緊張した面持ちで、じっとホームの向こう側を見詰めていた。

 朝の十時となると、客足は大分落ち着いている。ややあって、静かだったホームにアナウンスが響く。


『二番ホームに、列車が参ります』


 少年、レグルスは、二番ホームに入る汽車を見る。空から降り立つ汽車は、銀色の煙をまとっている。


「見つけたぞ!」


 背後から声が聞こえた。

 知らない男の声だが、振り返るとその正体がわかった。三人組のワーウルフだ。その内一人が声をかけてきたのだ。男は少女の肩を掴み、無理矢理振り向かせる。

 少女は息を飲み、栗色の瞳をぱちくりとさせた。


「何だよ、おっさん」


 レグルスは苛立ちながら、男に声を投げかける。

 探している人物とは違ったのだろう。男は「すまん」と小声で謝罪し、仲間を連れて二人から離れていく。

 そうするうちに、汽車がホームへと入ってきた。目の前で開かれた扉に、二人の子供は乗り込んだ。

 すぐに扉は閉まり、アナウンスが流れ、コレ・ヒドレ行きの汽車はレールを伝って再び空へと浮かび上がる。

 レグルスは少女の手を引いて、車内奥へと進んだ。席は十分に空いている。二人掛けの席の窓側にレグルスが座り、少女は通路側に腰掛けた。


「はあ……緊張したあ……」


 少女、ファミラナは、背もたれに体を預け、大きくため息を吐き出す。

 レグルスも気を張っていたようだ。同じように背もたれに寄りかかり、天井を仰いだ。


「しかし、よく騙されてくれたよな」


「アクィラを出るとなったら、普通は汽車を使うもん。駅でひたすら張り込みしてたんじゃないかなあ」


 ファミラナは黒髪のウィッグに触れてそう言った。購入したばかりの安物だったが、ワーウルフ達を騙すには十分だ。


「スピカ達、大丈夫かな」


 レグルスは頬杖をついて窓の外を見つめる。汽車は雲の上に出て、陽光が燦々と降り注いでいる。

 スピカとアヴィオール、そしてアルファルドは、別のルートでアクィラを出ると言っていた。変装したファミラナは、云わばおとりだ。同性で且つ戦えるため適任だと、ファミラナ自身が提案したのだ。

 ファミラナは、ガラス窓に映ったレグルスの顔を見つめる。


「心配?」


「アルフさんがいるから大丈夫だとは思うけどよ。でもスピカのやつ、戦えないどころか、術も使えねえし」


 ファミラナは寂しげに微笑む。


「私、知ってるよ。

 レグルス君、スピカちゃんのこと好きでしょう?」

 

 レグルスは振り返る。

 隠していたつもりはないが、指摘されるとは思っていなかった。少しばかり驚いて「あー……」と小さく声をもらす。


「ちょっと前まではな。今は諦めてる」


「あの二人に割って入るのは無理だもんね」


「無理無理。つーか、付き合ってくれりゃ、こっちも気が楽なんだけどな」


「二人、付き合ってないの?」


 ファミラナは随分と驚いた様子で、口元に手をそえる。


「ああ。あれでまだ『幼なじみ』なんだと。ありえねー。

 前はイライラしたりもしたけど。でもまあ、俺は二人の力になれれば、それでいいさ」


 ファミラナは彼の横顔を見て笑う。


「そんな友達想いのレグルス君を好きな人がいるんだよ」


 遠回しな言い方は、鈍感なレグルスには通じない。


「え? それ、俺の知ってる奴か?」


「どうだろう?」


 ファミラナは笑って誤魔化ごまかす。勇気を出した告白だったが、それに気付いてくれるかどうかは、実はどちらでもよかった。


「外、綺麗だね」


 ファミラナは窓の外へ目を向ける。

 空イルカが雲から飛び跳ね、それを追うようにケートスが泳ぐ。それを見ていると、逃亡劇を繰り広げているという現実を忘れてしまいそうになる。


「なあ、ファミラナ。お前はアクィラに残ってよかったんじゃないか?」


 レグルスはファミラナに問いかける。


「これから多分もっと大変なことが起きる。お前は巻き込まれた側なんだ。逃げなくていいはずだし、別に今からでも……」


 レグルスは口を閉じる。

 車内販売のワゴンがやってきたからだ。他人に聞かれるのは良くないと判断した。

 ファミラナはワゴンを押す女性の販売員を呼び止める。アイスを二つ購入し、レグルスに一つ差し出した。レグルスは礼を言いながらアイスを受け取る。


「あの時、レグルス君、言ってくれたよね」


 車内販売のワゴンを見送りながら、ファミラナはアイスの蓋を開けた。

 アイスはカチコチに凍っている。車内販売されているアイスは、なかなか溶けないということで有名だ。どう食べてやろうかと思案しながら、レグルスへ言葉を続ける。


「どんな壮大な冒険したって、私がいなきゃつまらないって。

 とても素敵な誘い文句だと思ったんだけどな」


 そうして、くすりと悪戯っぽく笑いながらレグルスを見遣る。

 レグルスは目をぱちくりさせて、そして恥ずかしそうに目を逸らした。


「私は、レグルス君にとってかけ替えのない友達なんだって。そう自惚うぬぼれてもいいかな?」


 ファミラナは確かめるようにそう言うが、尋ねる必要などなかったようだ。


「当たり前だろ」


「えへへ。嬉しい」


 ファミラナは溶ける気配がないアイスを両手で抱えた。

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