後悔薄明

後悔薄明

 アンナは地下牢の奥を見遣る。

 何が正しくて、何が間違いなのか、彼女の頭では理解できない。元より彼女は、考えることが苦手であった。

 状況を理解するためには、まず情報が必要だ。現状をよく知る人物から聞いた方が、理解もしやすいだろう。

 そう考えて訪ねた先は、投獄されているレオナルドであった。


「よお、アンナ」


 レオナルドは片手をあげて、ひらひらと振る。それを見たアンナは、わりと元気そうな彼に対して苦笑する。


「呆れた。即位の儀の件で投獄されたって言うから来てみれば。案外元気そうじゃないか」


「まあ、落ち込んでも仕方ないしな」


 レオナルドは笑う。しかし、殴られてできたであろう、口の端にある切り傷のせいで、それはすぐにしかめ面に変わってしまった。


「あんたが投獄されてから、宮殿内は更に陰気になってしまった。

 処刑されるんだろう? 数日もしないうちに」


 レオナルドは、腫れた頬を歪ませて肩を落とす。


「まさか、大賢人まで処刑とはな。あのさそり野郎、まじで頭腐ってやがる」


「スコーピウスだけじゃないだろう。

 アルデバランも、アルゲディも。あいつらは一体どうしたんだ。

 スピカが言ってた、世界を滅ぼすとかいうのは何なんだ。頭の悪い私には、さっぱりわからん」


 アンナは牢屋の前に腰を下ろして胡座をかく。

 鉄格子を挟んだ向かい側に、レオナルドも、片方の膝を立てて腰を下ろした。そしてアンナに問い掛ける。


「君はコレ・ヒドレに向かうんだろう?」


「先に現地入りしているアルゲディが、人手をよこせと。なんでも、乙女の宮と同じような、黒いまだらが出だしたらしい」


「出だした? アルゲディが出してるんじゃなくてか?」


「は? いや、自然に出たと聞いているが」


 レオナルドは顎をなぞる。

 話を聞く限りでは、カオスの片鱗へんりんが見えているのだろうと推測できる。アルゲディは敵方だ。カオスを早めることはあっても、カオスを止める選択はしないだろう。


「まあ、かにの領地の一部だからな。アンナが呼ばれるのは当然か」


「いや、それがな」


 アンナは眉を寄せ、目を細める。今から語る内容は、彼女にとって不愉快なものだったからだ。


「最初はサビクに声をかけたらしい。軟禁を解く代わりに手伝うようにって条件出したらしいんだが、拒否されたとか」


 サビクは味方だ。アルゲディの誘いに拒否することは当然だろう。


「で、次に双子。ああ、アルヘナとワサトな。ちっこいのはどっかに消えたらしくて。

 でも、双子からも拒否されて」


「お鉢が回ってきたってことか」


 レオナルドの言葉に、アンナは苦い顔をする。


「そう。かにの領地なのに失礼じゃないか? まるで、私では力不足だと言ってるようじゃないか。

 それに、行くのはいいが首輪を外せと言ったら、それはできないと」


 アンナは首元のベルトを忌々しげに摘む。引きちぎりたいのだろうが、輝術による首輪ではそれも叶わない。


「正直混乱してるんだ。

 継承の儀の異質さを見てしまった今、スコーピウスらを信じていいのかって。

 スコーピウスが信じられない今、アルファルドの罪を処していいのかって」


 アンナは揺らぎ始めている。

 今まで信じてきたものが崩れ始めている。

 抱き込むなら今しかないと、レオナルドは考えた。


「今からする話を、口を挟まず聞いてくれ」


「嫌な言い方をするな」


「君はすぐ他人の話に口を挟むだろう。

 いいな。口を挟まず聞いてくれ。信じるか信じないかは、君次第だが」


 そうしてレオナルドは語り始める。

 この星を蝕むカオスについて。

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