輝きは誰がためのものか(4)

 レグルスとファミラナは、乙女の宮にやってくるなり互いに顔を見合わせた。呼ばれたは良いものの、スピカがホールにいないだなんて。


「まあ、呼ばれた理由は何となくわかるけどな」


「お義父様のこと、だよね」


 暫くホールで立ち尽くしていると、スピカが二階から階段を駆け下りてきた。アヴィオールも一緒である。


「いや、意味わかんないよ。君にしか聞こえない声って何?」


 アヴィオールは困った声でスピカに質問を投げ掛ける。


「初代乙女のエウレカよ」


「いや、わかんないよ。大体、幽霊とか有り得るの?」


「説明じゃピンとこないだろうから、エウレカに呼び掛けたのよ。アヴィにも話しかけてあげてって。なのに、エウレカったらだんまりなんだもの」


 スピカは苛立っており、語気が強い。決して誰かを責めているつもりではない。アヴィオールにはそれがわかっているものの、自分が非難されているようにも感じていた。


「レグルス、ファミラナ、ちょっとスピカの話聞いてあげてよ。途中からちょっとよくわからなくて」


 助け舟を求めるアヴィオールに、レグルスはカラカラと笑いかける。


「お前がスピカに振り回されるとか、めずらしー」


「真面目な話してるんだよ!」


 アヴィオールはレグルスを半ば怒鳴りつけるように声を発する。レグルスはそれに対して怒ることなく、ホールに降りてきたスピカとアヴィオールに問いかける。


「スピカの親父さんのことか?」


 息を乱していたスピカは、小さく胸を上下させながら頷いた。


「庭で話しましょ」


 スピカはそう言い、レグルスとファミラナの背中を押し、玄関へと向き直させる。


「おいおい、どうした?」


「スピカちゃん、どうしたの?」


 スピカは二人の問いに答えず、玄関へと押しやる。仕方なくレグルスもファミラナも玄関を抜け庭へと出た。続いてスピカが、アヴィオールが玄関を出る。

 夜の風は涼しく、木の葉を撫でる音が静かに響く。草むらからは虫の声がする。


「もうちょっと向こうに行きましょう。果樹園までお願い」


 スピカの声は深刻で、誰も逆らえない気迫の様なものがあった。皆黙って果樹園まで歩いていく。

 ブドウの木が生い茂る果樹園は、甘い香りに満ちている。スピカはようやく足を止めると、レグルスとファミラナの腕を掴んだ。


「説明してくれ。何で呼んだんだ?」


 レグルスは優しく問いかける。スピカは唇を舐めて息を吸い込んだ。


「私、アルフが……義父がお母さんを殺したのは嘘だと思うの」


 スピカの言葉に、ファミラナは首を傾げる。


「私は、スピカちゃんのお義父様のことを知らないから、何とも言えない。だけど、スピカちゃんはお義父様を信じてるんだね」


 ファミラナはアルファルドと面識がない。レグルスも、面識はあるが親しいわけではない。友人を家庭の事情に巻き込むのを心苦しく思いながらも、スピカには他に相談できる人物がいなかった。


「協力してほしいの」


 ややあってスピカは言う。


「断ってくれてもいいの。でも、こんなこと頼めるのなんて、あなた達しかいない。力を貸してほしいの」


 スピカの声は震えている。緊張していたし、恐怖していた。


「なあ。親父さんを助けたいとか言うんじゃないよな」


 レグルスはスピカに問いかける。言いたいことを言い当てられ、スピカは面食らってしまった。


「アヴィはどうするつもりなんだ?」


 レグルスは、今度はアヴィオールに問いかける。アヴィオールは真剣な顔つきで答える。


「僕はアルフを信じてる。それに、スピカの境遇に疑問を持ってる。だから、アルフを助けたい」


 レグルスは頭を掻きむしる。想定していた通りの返事ではあるが、なかなか難しい協力要請でもあった。

 スピカは両手を祈るように組み、レグルスを真っ直ぐに見つめる。


「アルフが私に言ってたの。宮殿から逃げろ。獅子を頼れって」


 レグルスは首を傾げた。


「獅子を?」


「ええ」


「それって俺じゃなくて、うちの親父を頼れってことだろ?」


 スピカは頷く。だが、スピカはレグルスを呼んだ。すなわち……


「俺が親父に声かけろってことか」


 レグルスは片手を腰に、片手を顎に添える。


「そもそも、スピカちゃんは何で宮殿の外にいたの? 私、そこがよくわからないの」


 ファミラナがボヤく。

 このメンバーだと、ファミラナは唯一スピカの騒動に一切関わっていなかった。ファミラナはすっかり置いてきぼりを食らっていたのだ。

 スピカは「話が長くなるけど」と前置きした上で、自分の身の上についてわかったことを簡単に説明し始める。三日前の騒動、そして二日間自分が何をしていたか、何を考えていたか。

 ファミラナは黙ってそれを聞いていた。レグルスも、アヴィオールも。

 スピカは自分自身に再度言い聞かせるためにも、感じたことをまとめて声に出す。


「私の母は、先代の乙女。そして、父は牡牛の、アルデバラン・ディクテオン。本来乙女を継ぐはずだった私は、母の親友だったアルフに攫われて、母は殺されたことになってた。

 でも、おかしいじゃない。母を殺したのなら、私も殺せばよかった。それをしなかったってことは、母を殺すつもりなんてなかったに違いないのよ。

 アルフは、ディクテオンさんが母を暴力で追い詰めたって。乙女の一族は何か不味まずい秘密があるって。そう言ってたの」


 ファミラナはいぶかしむ。


「スピカちゃんは、それを信じるの?」


「え?」


 スピカはファミラナの言葉にたじろいだ。


「それ、お義父様が嘘をついてる可能性はない?」


 ファミラナは首を傾げる。

 話を聞かされただけの他人がそう思うのは無理がない。ファミラナは、アルファルドの人となりを知らない。だからこその意見なのだろう。


「でも、冬を呼ぶために先代殺すなんて、誰も得しねーよ。スピカの親父さんだって、同じだろ?」


 レグルスはファミラナの意見に反論する。しかしファミラナは首を振る。


「だったら、何でスピカちゃんを攫ったの?」


「それは……」


 レグルスは押し黙る。

 その問いに答えたのは、アヴィオールであった。


「ディクテオンから、スピカを引き離すためだと思うよ」


 ファミラナはアヴィオールを見る。

 見ているのだろうか。ファミラナの顔はいつものように気弱な顔ではない。無表情で、視線もぼんやりとしていた。


「どうして?」


 尋ねるファミラナをいぶかしみながらも、アヴィオールは噛み砕くように説明する。


「先代の乙女は、ディクテオンに追い詰められてた。暴力でね。それがスピカに及ぶのを懸念けねんしたのかもしれない」


 しかしファミラナは納得しない。


「お義父様がそうやって嘘をついてるだけじゃない?」


 アヴィオールは首を振る。アルデバランの異常性に気付いていたからだ。

  

「ファミラナは知らないかもしれないけど、あの人やばいよ。ほぼ初対面みたいな子供に敵意を向けてくるなんて、普通の大人じゃない。何処かおかしいよ」


 ファミラナは返す言葉がなくなり押し黙る。やがて、発言としては弱すぎる「信じられない」という言葉を繰り返すだけになる。

 レグルスはそんなファミラナに疑問を抱く。


「ファミラナ、どうした? いつもと違わないか?」


 ファミラナは顔を上げ、首を傾げる。


「いや、お前さ、正しいことであっても、それが他人を傷付ける可能性があるなら、まず謝ってただろ? 今回はやけにかたくなだなって」


 ファミラナは我に返ったかのように口をぽかんと開き、瞳を震わせた。じわりと涙が浮かび、慌ててスピカの手を握る。


「スピカちゃん、ごめんなさい! 失礼なことばっかり言ってごめんなさい!」


 あまりの豹変ひょうへんぶりに、スピカは戸惑う。


「い、いいのよ。誰だって疑うし、仕方ないわ。私だって最初は疑ったもの」


 何も謝ることはない。傷付きはしたが、疑うのは当然の感情だ。そう思うが、先程のファミラナはただ淡々と言葉を吐き出していて驚いた。

 しかしそれは口にせず、ファミラナに笑いかける。


「信用できない相手を助けるなんて、しなくていいのよ。嫌なら断ってくれていいから」


 しかしファミラナは大きく首を横に振った。


「ううん。スピカちゃんがお義父様を信じてるなら、私は協力するよ」


 心強い言葉だ。スピカは「ありがとう」と礼を言う。

 そして次にレグルスを見た。彼は未だに考えている。


「嫌ならいいのよ」


「そういうんじゃなくてな」


 レグルスは首を振る。


「なんか、今思えば、スピカがここに来たの、上手いこと誘導されたみたいだなって」


 考えていたことは、スピカが来た経緯についてだった。


「そもそも、タラゼドの爺さんが宮殿に来いなんて言い出したから来たんだろ?」


 確かにそうだ。アクィラで賢者・タラゼドに宮殿行きを勧められたからここに来た。だが、アクィラに行ったきっかけは何だったか。スピカは思い出す。


「そもそも、レグルスが導書を貸してくれたのがきっかけでしょ?」


 その本人は、すっかりそのことが頭から抜け落ちていたようで、「ああ!」と声を漏らす。


「思い出した。きっかけはアルデバランだったんだ」


 スピカは実父の名前を聞き身構える。その緊張はアヴィオールにも伝わり、彼も身を固くした。

 レグルスは、記憶の隅から思い出しつつ、独り言を漏らすかのように言葉を連ねる。


「そうだ。親父に相談しても、まともに取り合ってくれなかったんだ。『それは不思議だなー』なんて言ってさ。よく考えれば、乙女の一族の体質なんだろ? 大賢人である親父が知らないと思えねえ。

 で、アルデバランが来たんだ。獅子の宮に。で、相談したんだ。そしたらあいつ、導書を持ってタラゼドのとこに行けって言ったんだ。

 そうだ。アルデバランの奴、全部わかっててわざと遠回りに手を回したんだ。

 何でだ? 普通に迎えに行けばいいじゃねーか」


 普段のレグルスには似合わない真剣な表情で、スピカもアヴィオールも怪訝けげんな目で見つめている。ファミラナはレグルスの様子に見惚れていたが。

 スピカは考える。疑問をそのまま口にする。


「ディクテオンさんは、何でそんなに回りくどいことしたのかしら。それに、レグルスのお父さんが乙女を知らないとも思えないし……」


 しかし、何も知らない子供達が話し合っているだけでは、答えに辿り着けるはずもない。


「明日訊くしかねえか」


 ため息混じりに、レグルスは呟いた。


「明日……」


「仕方ねえよ。わかんねーんだから」


 スピカは仕方なく頷く。早く行動を起こしたいが、不透明さに足を取られて動くことができない。ヘドロに絡め取られているようだと思った。


「で、何で庭まで出てきたんだ?このくらいの話、客間で十分だろ」


 レグルスは尋ねる。スピカはそれに対して首を横に振り、拒否を示す。


「スピカがね、聞かれたくないからって」


 アヴィオールは呆れた風に言う。それを見てスピカは苦い顔をした。


「聞かれたくない?誰に?」


 ファミラナが問いかける。

 スピカは一呼吸置いて言った。


「エウレカに、聞かれたくなくて」


 突然出てきた知らぬ名に、レグルスとファミラナはきょとんと呆ける。

 否、知らないことはない。その名はかつて初代乙女として存在した少女の名だ。だが……


「エウレカだって?」


 レグルスは自分の耳を疑い、スピカに問いかける。


「乙女の宮にいるの。彼女の亡霊が」


 スピカは伏し目になりながら言う。

 先程の、アルファルドの話より現実味がない。信じて貰えないだろう。そう思った。アヴィオールでさえも、エウレカの存在には懐疑的かいぎてきだ。だから、諦め半分に言葉をこぼしていく。


「声だけしか聞こえないけど、確かにいるの。何度か会話だってしたわ。優しげな声だったから信頼してたんだけど……アルフにね、エウレカの声には反応するなって言われて……」


 声はしぼんでいく。半分程残っていた「信じて貰える」という自信も、話していくうちに消えてしまった。


「大丈夫か? まあ、ここ数日色々あったから、ストレスがあったのはわかるけど」


「スピカちゃんは信じてるんだよね。それでいいと思うよ」


 レグルスもファミラナも、エウレカの話を信じてくれなさそうだ。スピカは肩を落とす。想定内ではあったが、やはり悲しく思った。


「とりあえず、明日にならないと何も進まねえしさ、今日はゆっくり休め」


 レグルスはそう言って、スピカに手を振り踵を返す。


「私も、いい方法考えてみるね」


 ファミラナも、会話が済むとレグルスの背中を追って帰っていく。

 果樹園に残ったのは、スピカとアヴィオールだけ。スピカはアヴィオールの顔を見て、首を傾げた。


「エウレカのことは、信じてくれないわよね……」


 諦め気味に言葉をもらす。アヴィオールは目を逸らして、気まずい感情を表すかのように目を細めた。


「信じたいけど、僕には全く聞こえないし、うーん……」


 最大限の理解を示したが、それでも信じるとは言いきれない。

 スピカの方が、アヴィオールの感情を理解するしかない。


「わかったわ。でも、ごめんなさい。宮の外で相談するのは、今後も変えないわ。私が気になっちゃうから」


「うん、それでいいよ」


 アヴィオールは頷いた。


「今日はこっちに泊まってくれる?」


 スピカの頼みに、アヴィオールは目を瞬かせる。


「え?」


「お願い。何だか不安で……」


 スピカの体が小さく震える。それを見たアヴィオールは、その頼みを受け入れた。

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