輝きは誰がためのものか(2)
馬車がアルニヤトに入るや否や、スピカは呆気に取られてしまった。
古くから、星屑の採掘地として名高い街だ。住人は多く活気づいていると、学校の授業でも教えられた。
しかし実際に来てみると、そこは随分と荒れ果てている。
「びっくりしたかい?」
スコーピウスの問いに、スピカは何も答えられない。
最近までは、確かに活気があったのだろう。街中には多くの店が立ち並んでいる。しかし、ほとんどは看板を掲げているのみで、シャッターが閉められている。人の気配がない。
気配がないのは人だけではなく、小鳥や犬猫といった、街中であればよく見かけるはずの動物も、ここでは見かけない。
最も驚いたのは、樹木が少ないことだった。街路樹が立っていたであろう生垣は街の至る所で見かけるのだが、そこに植わっているはずの植物がない。あっても、
「活気がある街じゃなかったんですか?」
スピカは、窓から身を乗り出すようにして街を見渡す。想像していた景色とは全く違う街の姿に、恐ろしささえ感じる。
「これが、アルニヤトの厄介な問題なんだ」
スコーピウスは悲しげに答えた。
「もう少しで採掘場に着く。スピカさん、これを」
スコーピウスに渡されたのは、大きめのヘルメット。スピカの頭には合わない大きさだが、適した大きさのものは、おそらく用意ができなかったのだろう。スピカはヘルメットを被ると、ずれ落ちないようにベルトをきつく締める。
馬車は街中を走っていく。しんと静まり返った街の中、馬の蹄が地面を叩き、車輪が一定のリズムを打つ。暫く揺られていると、やがて景色が変わった。
採掘場は、地面をくり抜くように穴が掘られており、岩肌は白に近い青色をしている。その椀形の採掘場はあまり広くなくて、活発に掘られているという話からは想定できない小ささだった。
「案外小さい……」
スピカは呟く。それに対し、スコーピウスは説明をし始めた。
「星屑の結晶は、元々湧き出るものだったからね。結晶を掘ると、二日後には露出した岩肌に新しい結晶が浮かび上がってきていた。だから、宝石の採掘とは違って、採掘場は小さいんだ。
だが、最近はそう言ってられなくてね」
不自然な程に木々が少ない道だった。地面には枯れた草ばかりが目立ち、緑が全く感じられない。異世界のような不気味さを感じながら、スピカは窓の外を眺めている。
暫く進むと、御者が馬に声をかけた。二頭の馬は、「止まれ」の指示を聞き足を止める。
前方は、岩肌の隆起が大きくなっている。馬が入れるのはここまでだ。
「降りようか」
近衛兵の一人が、馬車のドアを開ける。先に近衛兵二人が降りると、続いてスコーピウス。スピカは最後だ。スコーピウスに差し出された手を、スピカは握る。馬車から降りると、岩の地面に足をつけた。
「お待ちしておりました」
馬車の近くに、デニム地のツナギを着た男性が二人立っていた。どうやら、スコーピウスの来訪を待っていたようだ。
仕事を切り上げて来たであろう彼らは汗だくで、頬や両手につけた手袋は土埃で汚れている。スコーピウスが彼らに片手を差し出すと、一人ずつ手袋を取って握手を交わす。
「彼女がスピカさん。次期乙女の大賢人だ」
スピカは何か言いたげに口を開くが、すぐに口を閉じると黙って頭を下げる。
「よろしく」
そんな彼女に、作業員の一人は手を差し出す。スピカは「よろしくお願いします」と小さく呟き、出された手を握り返した。
「さて、カルキノスは何処にいるかな」
「採掘場の奥に、現場監督と向かわれましたよ。案内します」
「そうか、ありがとう」
スコーピウスと作業員は言葉を交わし、すぐにスピカを見下ろした。スピカは背筋を伸ばして作業員を見上げる。
「緊張しないでくれよ。ちょっと採掘場を見てもらうだけだしさ」
作業員二人を先頭に歩き出し、スコーピウス、スピカが後に続く。近衛兵二人はスピカの後ろだ。
周りでは掘削が行われており、ドリルやハンマーが岩を叩く音が響いている。仕事中の他作業員達に邪魔をしないようなルートを選び、彼らは採掘場を横切る。採掘場は深く掘られているようで、下へ下へと向かっていく。
スピカは、緩やかではあるが段差が多い地面に苦戦し、時々転びそうになる。スコーピウスはスピカの手を取って、何度も支えた。
向かった先は採掘場の奥だ。深く掘られた岩盤の奥、まるでぽっかり口が開いたように、断崖に穴が開けられていた。それは、成人男性が二人横に並んで通れるくらいの幅。
その人工的な洞窟は、長く深く伸びているようであった。等間隔に設置されたランタンが、ぼんやりと中を照らしている。
中へ入ると、ひんやりとした冷気が足元から這い上がってきた。スピカは思わず身震いする。
「採掘量はどうだい?」
洞窟を進みながら、スコーピウスは尋ねる。作業員の内一人は、ゆるゆると首を振る。
「相変わらず採れません。深く掘り進めても、以前の半分しか」
「周辺地域への影響は?」
「辛うじて残った植物達が枯れていってます。やっぱり、法王陛下が仰るように、星屑は大地の栄養としての役割も兼ねているみたいですね」
スピカは辺りを見回した。洞窟内は、床も天井も横の壁も、機械で掘った跡がいくつもあった。そこには、美しく輝く星屑の結晶は一つも埋まっていない。
曲がりくねった洞窟は、随分と奥まで続いている。一行は暫く歩き続けるが、結晶は欠片さえ見当たらない。
洞窟の奥以外は、既に掘り尽くしたということなのだろうか。だが、スコーピウスによれば、星屑の結晶は二日後に湧き出てくるという話だ。洞窟を長くする必要は、本来ないはず。
となれば、やはり湧き出て来ないのだろう。先程の話から、採掘量が減っているということも伺える。
「そういえば」と、スピカは呟いた。街の植物の多くが枯れ果てていることを思い出す。そして考える。
星屑の採掘量と比例して、植物も減っていく。むしろ、大地が痩せたから、星屑も植物も減っているのではないかと。
「スピカさん、早くも理解してくれたみたいだね」
スコーピウスから声をかけられる。スピカはハッとして、スコーピウスを見上げる。彼は口元だけは微笑んでいたが、眉尻は八の字を描いていた。
やがて洞窟の奥に行き着く。そこには、数人の作業員と、彼らを束ねる現場監督がいた。その中心では、アンナが彼らの話を聞いている。
作業員は焦りと困惑からアンナに怒りをぶつけているようで、現場監督は作業員達を窘めている。
足音に気付いたのだろう。アンナが顔をスピカ達に向けた。作業員達も話を一旦区切り、ヘルメットは被ったまま軽く会釈した。
「どうだい?」
スコーピウスがアンナに声掛けする。アンナは首を振った。
「これを見てくれ」
アンナはそう言って、手のひらに乗せた物を見せてくる。
それは子供の小指程の大きさをした石だった。それが三つ。
スピカはスコーピウスの後ろから顔を出し、アンナの手の中を覗き込んだ。
それを見た瞬間、シュルマで見た麦の根を思い出す。煤けたように黒ずんでいるその石は、麦の根に似ていたのだ。
「すみません」
一言断りを入れて、スピカは石を一つつまみ上げようとした。石は脆く、指が触れただけでサラリと崩れ、消えてしまう。
似ているどころか、全く同じではないか。
「おそらく、星屑だと思う。今日はこんなものしか採れない」
アンナはぎゅっと手を握り、すぐに開く。石全てサラサラと手から崩れて零れ、零れた端から消えていった。
「エルアがいた時代には、こんなことは起こらなかった」
静かに、スコーピウスは呟く。
冬がこんなところにも迫っているというのか。スピカはゾッとする。同時に、乙女の責任の重さを痛感する。
「一旦外に出よう」
スコーピウスの提案で、スピカ達は外に出る。アンナと作業員達も一緒に。
洞窟を出て、採掘場を上り、外に出る。採掘場近くにある小屋へと向かうと、現場監督を先頭にそこへ入る。
「じゃあ、僕らは作業に戻ります」
アンナに怒りをぶつけていた作業員、そしてスピカを洞窟へと案内した作業員が、それぞれの持ち場へと向かう。スピカはそれを見送って、小屋の中へと入った。
小屋と表現するには、かなり大きな建物であった。中に入ると、デスクがいくつも並べられており、八人程の事務員が書類に向かい仕事をしている。
現場監督に案内され、小屋の一番奥へと向かう。事務所と同室内ではあるが、奥の一角だけ
「学校で昔習った覚えがありますが、冬って空から氷が降るだけじゃないんですか」
ため息混じりに、現場監督がぼやく。
「私もそう思っていたのだが、どうやら違うみたいだね」
難しい問題らしい。顎に手をそえ、ため息混じりに答えるスコーピウスを見て、スピカはうつむいた。
まるでパフォーマンスだ。全てがスピカの選択にかかっていると言わんばかりだ。スコーピウスやアンナの視線が、スピカに向けられている。非常に居心地が悪い。
「私、乙女を継ぐつもりではあるんです」
重い空気に耐えられず、スピカは呟く。
「私の選択で変わるなら、私は乙女を継ぎます。でも、私を置き去りにしないでください。
私の体質上、すぐに継承するなんて無理です。お二人ならわかるでしょう?
急かされても困ります。例え死ぬようなことではなくても、後遺症が残ったら私は嫌です。少しくらい、私を気にかけてくれてもいいんじゃないですか?」
話していくうちに語気は荒くなり、最後には叫ぶように吐き出した。一息で話したために息は荒い。
吐き出した後になって、
「そりゃあ急かすだろう」
アンナは言い返す。厳しい目と口調だった。
「見ただろう。この街の惨状を。冬を止める手立ては、君が継承する以外にないんだ。今すぐにでも、君には賢者となってほしい。
君の体のことも理解している。だから、儀式中は見張るし、バックアップもきちんとする。それじゃ駄目なのか」
だから一時の体調不良については我慢してくれと、そういうことだろう。
これが単なる怪我や風邪といったものなら、幾らか我慢できるかもしれない。しかし、そばで大きな術を使われただけで
アンナは厳しい目でスピカを見ている。
スピカは何も言えないでいる。辛さを知らない癖にと、悪態をつきたかった。しかし、反抗しても仕方がない。
現場監督はスピカを不安げに見つめた。
「どういうことですか? 乙女様が帰って来れば、星屑は復活するんですよね?
スピカ様は乙女を継がれないのですか? 何か問題があるのですか?」
スコーピウスは、眉間のシワをほぐすように指で押さえる。乙女特有の体質を知らないのは、宮殿外の一般市民なら当然のことである。一般市民の不安を、不用意に煽ってしまった。
だがスピカはただ自分の権利を主張をしただけだ。責められるはずもない。
誤魔化すように、腕時計に目をやった。
「スピカ、そろそろ時間だ」
スコーピウスがスピカに声をかける。スピカは彼を不安交じりに見つめた。
「アンナ、送ってあげてくれないか」
「ああ、わかった」
スピカは目を伏せる。
「これにて失礼します」
アンナは椅子から立ち上がり一礼する。スピカものたのたと立ち上がり、深めに礼をした。
スピカはアンナの背中を負い、事務所を後にする。ちらりと振り返ると、スコーピウスは現場監督と尚も話し合いを続けている。今後の採掘についてだろう。スピカの胸が酷く痛む。
「賢者の世界では、十五歳は立派な大人だ」
不意にアンナが語り出す。その声は鋭く、抉ってくるかのような乱暴さがあった。
「
アンナは振り返りざまにスピカを睨みつける。
言われた意味がわからず一瞬呆ける。しかし、段々と理解していくに従って、スピカは
「
怒りを隠すことなどせず、思っているままをアンナにぶつける。しかし、アンナの返事は冷たい。
「ああ、理解しているさ。でも、私はエルアを見てきたし、先々代も見てきた。たかが目眩だろう」
「たかが! あんまり酷くないですか?
ずっと悩み続けて、賢者とわかる人との接触を避け続けて、交友関係を絶とうとしたこともあったんです。それを、たかがなんて!
治らないとわかった時の悲しさを、強いられる負担を、あなた達は理解しようともしないんですね!」
アンナはため息をつく。そしてスピカから顔を逸らす。
理解して欲しかっただけなのに、理解を示さない彼女らが言うまま、継承して良いものか。
「聞いてください!」
スピカはアンナの腕を掴む。
その時、突然スピカの視界が歪んだ。意識が一瞬途切れ、足元がふらつく。転倒を避けようと咄嗟にアンナの背中にもたれかかるが、余計に体から力が抜けていく。
辺りに光が舞っている。輝術だ。
「え?」
アンナは再び振り返る。そして顔を青くした。
スピカは競り上がる吐き気にえずき、喉に感じる不快感を押し戻す。視界は白く霧がかったようになり、状況の判断ができない。
「離れろ! 私のは触れたヒトに対して無差別に発動するんだ!」
アンナは慌てて叫ぶ。しかし今にも倒れようとしているスピカが、その行動を取れるはずがない。アンナはスピカの体を支え、ゆっくりと地面に座らせる。
「ぐっ……」
そしてアンナもまた、痛みに顔を歪ませる。頭が痛むのか、片手でこめかみを押さえている。脂汗を額に
スピカは最早目を開けていられない状況で再びえずく。少量の黄色がかった水分を吐き出すと、耐えられず地面に倒れてしまった。
「う……あ……」
アンナは自身の輝術で何を感じたか、恐怖と痛みが
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