輝きは誰がためのものか

輝きは誰がためのものか

 蠍の宮は、一言で言うなら砂漠であった。

 庭には木々が少なく、代わりにサボテンや多肉植物が植えられて、それらは可憐な花を咲かせている。

 朝七時三十分。スピカはスコーピウスに連れられて、蠍の宮、その客室へとやって来ていた。朝食として、ホットケーキとミルクを出されたが、昨日からのストレスもあり、一口も喉を通らないでいた。

 部屋にいくつか飾られた多肉植物に、スピカは近寄る。多肉植物の花など見たことがなかったスピカは、興味津々で見とれている。


「スピカさんは、花が好きかい?」


「はい、好きです」


 人並みには花に興味があるため、スコーピウスの問いに頷いた。

 スコーピウスが育てている花なのだろう。彼は満足気に頷いている。


「なら君にも一つあげよう。後で乙女の宮へと送らせておくよ。そうだね、モニラリアなんてどうかな」


 小さな鉢に植えられた緑の葉は、まるで兎のような形をしている。あまりに愛らしい姿の植物に、スピカの頬は綻んだ。

 このような話をしたのは、スピカを元気づけるためであったようだ。先日のアルデバランの対応を良く思わなかったからだろう。

 

「アルデバランは、もう少し子供への対応を改めて欲しいものだ」


 スコーピウスはため息をつく。


「アヴィオール君への態度も、褒められたものではない。娘の彼氏だからとはいえ、子供相手に嫉妬するのは如何なものか」


 スピカは途端に顔を赤らめる。


「あ、いや……アヴィとは友達で……」


「照れ隠しかい?」


 スピカは首を振る。しかし、友達とも言い切りにくい関係性だ。他人に指摘されれば、どうしても意識してしまう。

 それと同じくらい、アルデバランの態度というものも気になる。


「あの……えっと、父は、アヴィに対して冷たいんですか?」


「アヴィオール君をどうやら邪険にしているようでね。嘆かわしい。同じ大賢人として、本当に恥ずかしいよ」


 スコーピウスは、スピカに答えながらベルを鳴らし、使用人を呼ぶ。ややあって執事が部屋にやって来る。出掛ける時間だ。


「さあ、行こうか」


「よろしくお願いします」


 スピカは深々と頭を下げる。

 執事が部屋の扉を開ける。スコーピウスが部屋を出ると、スピカもそれに続いた。

 蠍の宮を出ると、そこには馬車が停められていた。スコーピウスに促され、スピカは馬鹿に乗り込む。

 車内はやや広く、既に二人の男性が腰掛けていた。スピカは顔を上げてそれに気付き、体が強ばった。


「すみません、挨拶もせず……」


「いえ、お構いなく」


 スピカは椅子に腰掛け奥にズレる。スコーピウスも馬車に乗り込むと、スピカの隣に腰掛けた。


「彼らは蠍専属の近衛兵でね。私の警備役だよ」


 スピカは納得した。つまり、スコーピウスを守る盾である。

 

「君の帰りにも一人付き添わせよう。アンナがいるとはいえ、女性二人だけでは心配だ」


 スピカは眉を寄せる。


「カルキノスさんは、苦手です……」


「しかし、大賢人で、ある程度護身ができる女性は彼女だけだから。すまないが堪えてくれ」


 暫くすると二頭の馬がいななき、馬車が動き始めた。蠍の宮から離れ、暫く遊歩道を進む。本日は快晴。日光が木の葉を透過し、心地よく降り注いでいる。

 何処へ行くのか聞いていなかったことを思い出し、スピカはスコーピウスを見上げ尋ねる。


「今日はどちらへ行かれるのですか?」


 スコーピウスは答える。


「アルニヤトの採掘場へ。以前から厄介な問題が起きていてね。ただ、どうすることもできないから、定期的に見に行っているんだ」


 アルニヤトと言えば、星屑の結晶の採掘地である。遥か昔から、上質な結晶が取れると評判だ。掘っても掘っても結晶が湧き出てくるため、建国から現代まで利用されているという、国内有数の町であった。


「少し遠いですね」


「片道二時間かな。視察は一時間くらいだから、帰ったら丁度昼時だ」


「えっと、採掘場は危険なんですか?」


「大丈夫。落石とかいった危険はないよ」


 スピカは採掘場の問題とやらを考える。採掘できる星屑の結晶が減りつつあることは、学校で教えられているし、帰還の祈祷でも聞いていた。それに関する問題だろうか。

 やがて跳ね橋に到着する。跳ね橋は既に下ろされており、開かれた門の向こう側が見えていた。馬車は街中へと駆けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る