輝きは夜に消えて(5)

 激しく暴れる心臓を押さえつけながら向かった先は、乙女の宮にある継承の間。星々の光が降り注ぐその部屋は、薄暗いながらも幻想的な光で満ち溢れている。輝術のものとは違う、自然の光だ。

 スピカが助けを求める先として選んだのはエウレカであった。内鍵を閉めると、扉に寄り掛かり腰を下ろす。

 不安と恐怖から成る圧迫感に襲われ、涙がボロボロとこぼれる。

 アルデバランの言葉が頭に響く。死ぬようなことではないと。暗に「苦しい思いはしてしまう」と宣告されたのだ。

 親なら子を想うものだというのは、子供の身勝手な願いなのだろうかと思い悩んだ。


『スピカちゃん、大丈夫?』


 エウレカの声が聞こえ、スピカは乙女像にぼんやりと顔を向ける。

 否、彼女の目は何処にも向いていない。涙で視界は揺らぎ歪んで、何も映していない。

 ただ、聞こえたエウレカの声に返事をしようと口を開く。だが、嗚咽を繰り返すばかりで言葉が出てこない。


『大丈夫よ。見てたから。牡牛君も酷いこと言うわね』


 スピカの泣き声は一層大きくなり、ひたすらしゃくり上げている。


『私に体があったなら、一言言ってあげたのに』


 怒っているのか、励ましているのか。エウレカの声は先日よりも興奮しているようだ。

 何分、何十分、そうしていたかわからない。やがてスピカは落ち着き、涙は流しているものの、話せる程になった。


「あなたは、私が乙女を継ぐべきだと思うかしら」


 ぽつりと尋ねる。相手に聞こえるかわからない程の声量。今はそれが精一杯だ。

 返ってきたのは、想定通りの言葉だ。


『ええ、継ぐべきだわ』


 賢者を継ぐ覚悟はしなければいけない。スピカはそれを理解している。そして、覚悟しつつあった。

 だが、継承の儀が気掛かりであった。いつするのか、何度に分けるのか。アルデバランが言うように、一度の儀式で終わらせるのは、とてつもなく恐ろしい。

 初代乙女の彼女であれば、どう考えるだろうか。スピカは意を決して尋ねることにした。


「エウレカさん、でいいのかしら」

 

『呼び捨てでいいのよ』


「じゃあ、エウレカ」


 スピカは、すうっと息を吸い込む。


「継承の儀を一度で終わらせた場合、私の体はもつかしら」


 エウレカの声が止む。途端に静かになった空気に呑まれそうで、スピカは両手を胸の前で組み、ぎゅっと握る。しばらくそのままでいたが、唸るようなエウレカの声が再び降り注いだ。

 

『うーん、そうねえ。

 一つ言えるのは、私は、乙女の指導者として、この世に残ることを選んだの』


 話の方向性がわからず、スピカは目を瞬かせる。


『つまりね、私は、スピカちゃんが危ない時、困った時に手を貸してあげられる。ただ、乙女が継承の儀を一度で済ませるなんて、前例がないわ。大丈夫かどうかは、スピカちゃん次第よ』

 

「そう……」


 望んだ答えが返ってこなかったことに、スピカは落ち込んだ。エウレカなら先を見通せるのではないか、そんな漠然とした期待があったのだ。

 スピカは膝を抱え、そこに顔を埋める。涙は止まったが、頭痛を感じ始めていた。今の状態で考え事などできるはずがない。


『今日はもう寝てしまいなさい』


 眠れそうにない。立ち上がる気力もない。


『こんなとこで寝てたら、風邪引いちゃうわ。継承の儀には、万全な状態でのぞまないと』


 いつ儀式を行うか決まってすらない。気が早いなと思いながらも、スピカは返事ができないでいた。

 すっかり泣き疲れていた体は、すうっと眠りに落ちていく。

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