表面輝度によるパラドクス(4)
クリスティーナの家、リビングのテーブルを囲み、スピカが提案をした。
同席しているアヴィオールは首を振り、アルファルドは悩み、レグルスとカペラは理解ができないといった表情である。グリードは賛同しかねるといった様子で、腕組みをしていた。
「もう一度説明するわね」
スピカは、レグルスとカペラに対して、噛み砕いた説明をする。
「私の中にはエウレカがいる。それを引っ張り出してきて、クリスさんに輝術をかけてもらう。きっとクリスさんの輝術であれば、エウレカの過去を見ることができるはずだわ。エウレカが何故カオスを望んでいるのか、過去を覗けばわかるはずよ」
レグルスはようやく理解したようで長嘆息する。カペラはまだ理解が足りないのか、自分の額に人差し指を当てて、ぐりぐりと揉み始めた。
「えっと、つまり、輝術でエウレカ様の過去を盗み見るんですか?」
「そういうことよ」
「それ、スピカちゃん大丈夫なんです?」
カペラはスピカを見つめる。
スピカの体質についてはよく知っている。境遇についても、散々説明を受けていた。だからこその心配だ。
エウレカに体を譲った後、無事にスピカが戻って来れるのか。体が奪われたまま、スピカの意識が消えてしまわないか。
だがスピカは強く頷く。
「大丈夫よ。一度戻って来れたんだもの」
「僕は反対」
アヴィオールが声をあげる。どうも心配で堪らない。
輝術を使うということは、スピカの精神が体から剥がれてしまうのだ。それを安易に良しとは言えない。
「ほんとに戻って来れるの?」
「ええ、大丈夫よ」
「根拠は?」
スピカは言葉が詰まり、口を閉ざす。根拠はない。アヴィオールを納得させられる気がしない。
「だが、やってみる価値はあるかもしれん」
アルファルドが徐に口を開いた。
スピカもアヴィオールも、驚いてアルファルドを見上げた。彼は最後まで反対すると思っていたからだ。
アルファルドは呟く。
「何故冬が訪れなくなったのか。その理由さえわかれば、対処法がわかる」
「そのためにスピカを犠牲にしろって?」
「アヴィ、落ち着け。そんなことは言ってないだろう」
アルファルドはスピカを見つめる。不安を抱いてはいたが、スピカを信じることに決めたのだ。
「スピカ、自信があるということは、前回のは偶然戻って来れたわけではないんだろう?」
スピカは頷く。
「ええ。私の意思で戻って来たわ。だから、きっと今回も大丈夫」
スピカの決意は堅い。きっと誰が反対しようと、エウレカの過去を覗く気なのだろう。
「スピカを信じるしかねえな」
レグルスはわざとらしくため息をつき、スピカにニッと笑いかける。
「ちゃんと戻ってきてくださいね?」
「君がいなければ、皆が悲しむ」
カペラとグリードも、スピカの決意に賛同を示す。
それを聞いていたクリスティーナは、テーブルに置いていた置時計を手に取り、両手で抱えた。
「決まりね。ファミラナちゃんの前に、スピカちゃんに術をかけましょう。
でも、エウレカに体の主導権を譲ったからと言って、エウレカの過去が見れるとは限らない。
エウレカの記憶は千年以上も過去に
それでもいいかしら?」
スピカは頷く。元より、エウレカが素直に記憶を見せることはないだろうと想定している。
それでも、無理矢理にでも、記憶を覗くつもりだ。
そのためには、ギャラリーは少ない方がいい。
「誰にだって知られたくないことはあると思うの。だから、みんなは立ち会わずに、リビングで待っててくれるかしら?」
アヴィオールはテーブルに両手を突いて立ち上がる。その激しい音に、スピカは肩を跳ねさせた。
「ちょっと待ってよ。勝手に決めて、勝手に突っ走って。僕のことは置いてけぼり?」
スピカは首を振る。柔らかな髪がゆるゆると揺れる。
「そうじゃないわ。ただ、エウレカだって元はヒトなんだから」
「だからエウレカに気を遣えって?あいつは敵だよ?」
「そうだけど……」
スピカは言い返そうとして、しかしアヴィオールを納得させられる言い回しが思いつかず、口を閉じてしまう。
「アヴィ君、あなたは反対なのね」
クリスティーナの言葉に、アヴィオールは頷く。当たり前だと言うように、目は鋭くスピカを見つめている。
「僕は、スピカばかりに負担をかけるのも、スピカが危ないことをするのも反対だよ。どうしてもって言うなら、僕は輝術に立ち会う」
それがアヴィオールの妥協案。しかしスピカは悩んだ。誰かに過去を見られることを、きっとエウレカは望まない。アヴィオールが立ち会うことで、失敗するかもしれない。
「いいんじゃないかしら?」
クリスティーナはアヴィオールに笑いかけた。
「ね、スピカちゃん?」
続いてスピカにウィンクする。
「万が一エウレカが暴れた時に、一人でも押さえられる人がいると心強いわ。私はきっと精神力使い果たして頼りにならないもの」
スピカは考えを改める。
クリスティーナの言葉はもっともだ。エウレカは体を欲しがっていたのだ。エウレカを引きずり出すとなると、スピカの体を使って何をし出すかわからない。万一に備えて、誰かに立ち会ってもらうのは良い案かもしれない。アヴィオールであれば、誰よりも信頼できる。
「じゃあ、アヴィ、お願いしていいかしら?」
アヴィオールは無言で頷く。
「決まりね。じゃあ、スピカちゃん、アヴィ君、移動しましょうか」
クリスティーナはリビングを後にする。アヴィオールがそれに続き、スピカも踵を返す。
スピカの手を、アルファルドが握る。スピカは振り返って彼を見上げた。
アルファルドもきっと覚悟を決めているのだろう。しかし、恐怖は感じていたのだ。手が震えている。
「絶対に帰って来い」
スピカはアルファルドに向き直り、彼の手を両手で包む。
「お土産、ちゃんと持って帰るわね」
「楽しみにしてる」
スピカはにこりと笑うと、アルファルドから手を離した。そして、クリスティーナとアヴィオールを追いかける。
階段を上がり、二階へ。客間のドアの前を素通りして、廊下の突き当たりまで向かう。
そうして通された部屋は、長い間放置されていたようだ。扉を開けるだけで埃が舞い上がり、スピカもアヴィオールも咳き込んだ。
「窓開けましょうか」
クリスティーナはそう言い、部屋に一つしかない窓を開ける。埃っぽい古びた空気は窓の外へと出ていく。
スピカは改めて部屋を見回す。その部屋に家具はない。部屋の中央に置かれた机以外には。
部屋の床には、時計座を模した図形が、白いペンキで描かれている。
「私の代から、この部屋を輝術の部屋として使ってるの。まあ、使う機会なんてそうそうないけど」
クリスティーナは説明しながら机の上に時計を置いた。そしてスピカとアヴィオールを手招きする。二人は机へと近付き、クリスティーナと顔を合わせる。
「エウレカは眠っているんでしょう? どうやって呼び出すの?」
クリスティーナの問いかけに、スピカは答える。
「継承の儀と同じように、光を浴びてみようかと思ってます」
クリスティーナもアヴィオールも、その案は想定内だったようだ。特に驚きはしなかった。しかしアヴィオールは呆れた顔でスピカを見つめる。
「あれは魂を剥がす呪いだって、君も言ってたじゃん。戻って来れなくなったらどうするの」
「大丈夫。戻って来るわ」
スピカの頑固さに、アヴィオールは首を振る。何を言っても考えを曲げるつもりはないらしい。
「エウレカが目を覚ますっていう確証は?」
「私の体が欲しいなら、チャンスを見逃すはずないわ」
「スピカ……本当に戻ってくるんだね」
「ええ、勿論よ」
スピカは笑う。
「アヴィを置いてけぼりになんてしないわ。大丈夫よ」
先程アヴィオールが放った言葉を
クリスティーナは暫くそのやり取りを見ていたが、二人の話が終わるとアヴィオールに声をかけた。
「アヴィ君、スピカちゃんにあなたの白鳩を預けてくれないかしら?」
アヴィオールはクリスティーナを振り返る。
「僕が、ですか?」
エウレカを引きずり出すために輝術を使って欲しいと、そういうことだろう。
クリスティーナはアヴィオールの言葉に頷いた。クリスティーナには、彼なりの考えがあるようだ。
「エウレカの過去を知るには、深くまで潜らなきゃならないの。そのためには、少しでも体力を温存しておきたい。アヴィ君が手伝ってくれたら助かるわ」
受け入れ難い提案だ。アヴィオールは眉を
暫く考えた末に頷いた。
「わかった。スピカ、いい?」
スピカは頷き、アヴィオールの手を握る。とうに覚悟は決めている。
アヴィオールにそれが伝わる。彼はスっと息を吸う。
「船導きし賢者。我が名はアヴィオール・リブレ」
アヴィオールはぽつりと呟く。アヴィオールとスピカを中心に、足元から光が舞い上がる。
「白鳩よ。お願いだ。スピカを守って」
光から白鳩が生まれ、スピカの肩に降り立つ。そして、彼女の中に吸い込まれるようにして消える。
途端にスピカはくずおれた。
「スピカ、大丈夫?」
力の抜けた彼女の体を、アヴィオールは抱きとめる。女性とはいえ、脱力したヒトの体は存外重い。アヴィオールはスピカを抱えたまま、その場に腰を下ろした。
「スピカ?」
もう一度名前を呼ぶ。しかし、彼女がスピカではないことは、すぐに察した。
「全く……目覚めの悪いこと……」
目を覚ました彼女の顔は不機嫌で、その双眼は意地悪くアヴィオールを見上げた。
「こんなにあっさり体を受け渡すなんて、あなた達何のつもり?」
エウレカが出てきたのだ。アヴィオールはエウレカが逃げないように、彼女の両手を背中側に回す。
エウレカはその行動に驚き、されるままに床に組み伏せられた。
「スピカ、ごめん」
「ちょっと! 説明しなさい! これが女性に対する態度なの?」
暴れる彼女に対し、クリスティーナは屈んで顔を覗き込んだ。
エウレカはクリスティーナと面識がない。見たことの無い人物を前に、エウレカは困惑の表情を浮かべる。
クリスは説明を始めた。
「あなたがエウレカさんね。初めまして。私は想起の賢者、クリスティーナ・ワーカーです。
今から、あなたの過去を覗き見させてもらうわ」
それだけの説明で、エウレカは察したようだった。その顔は恐怖に歪み、目を見開き、唇をわなわなと震わせた。
「嫌……」
エウレカの拒否を、クリスティーナは首を振って拒否した。
「ごめんなさいね。カオスを遠ざける方法を教えてくれるなら止めてもいいのだけど、教えてはくれないでしょう?」
「見ないで……見せないで……」
今にも泣き出しそうな顔を見ると、アヴィオールは胸が傷んだ。彼女を縛る手を緩めてしまいそうになる。
「アヴィ君、駄目よ」
クリスティーナの強い言葉に、アヴィオールは肩を跳ねさせた。
「彼女に散々踊らされてきたんでしょう? 同情しては駄目。非情になりなさい」
クリスティーナの声は冷たい。両手に持った置時計をエウレカの目の前に置き、ダイヤルを限界まで回した。
時計の針がぐるぐると回る。星座盤がくるりと一回転する。彼の体から光が溢れる。長い髪を光が揺らす。部屋中に光が散り、景色を覆い隠す。
そして、景色が一変した。
辺りに広がる花畑。そこに立つ少女の姿。髪は金、瞳は青。それはおそらくエウレカだろう。
アヴィオールは目を見開く。エウレカの姿を、彼は見たことがあった。
エレボスの回廊で見た、死に行く少女の姿であった。
「あなたの過去、覗き見させてもらうわ」
怯えるエウレカに、クリスティーナは囁いた。
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