黎明の一番星(5)

 アヴィオールは一晩でみるみる内に回復していった。魂が離れていたことが原因であるため、体には何の支障もなく、朝になる頃にはすっかり元通りになっていた。

 だが、両親からこの度のことをきつく咎められてしまった。帰宅のために駅へと向かい、今や駅のホームに立っている。

 スピカはアルファルドとクリスティーナに連れられて、アヴィオールは両親に連れられて。


「スピカちゃんには、アヴィオールを助けて貰って感謝してるけど」


 アヴィオールの母はそう言いつつ、スピカとアヴィオールを離れさせたいようであった。言葉に棘が含まれており、スピカは何も言えず顔を伏せる。


「スピカが悪いんじゃない。僕がついて行っただけだから」


「今後は勝手に行動するのをやめなさい。まずは父さんや母さんに相談してくれ」


 父から小言を言われ、アヴィオールは膨れっ面で顔を背ける。「助かったからいいじゃないか」と、そう言いたいが、言えばまた責められると思い言い返せない。


「スピカ、そろそろ」


 アルファルドがスピカに声をかける。そして深々と頭を下げた。


「この度は、私達親子の問題に、アヴィオール君を巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」


 続いてスピカも頭を下げる。自分達が見せられる誠意はこれしか思いつかなかったのだ。


「頭を上げてください」


 アヴィオールの父に声をかけられ、アルファルドはゆっくりと頭を上げる。しかし、罪悪感のために目は伏せたまま。


「アヴィオールも無事に戻ってきましたし、この度のことは水に流しましょう」


「しかし……」


「我々も、息子の友達を責めることはできません」


 父の方は水に流したいと言うが、母はかたくなで、スピカをじとっと見つめている。スピカは頭を上げられなかった。

 ややあって汽笛が鳴り響く。汽車がホームに入ってくると、アヴィオールとその両親は汽車に乗り込んだ。

 スピカは顔を上げ、アヴィオールの顔を見つめる。


「巻き込んでごめんなさい。もう、迷惑かけないようにするから」


 スピカは笑って言った。明らかに無理をしている笑顔だ。アヴィオールにはその言葉が辛かった。


「迷惑だなんて思ったことないよ」


 再び汽笛が鳴る。発車を知らせる警笛だ。


「明日から学校だな」


「授業に遅れてるんだから、しっかり勉強しないと」


 両親は、元の生活に戻るようにアヴィオールに言う。

 確かにそれも魅力的だ。トラブルとは無縁の穏やかな毎日。学友と笑いふざけ合って、将来のために勉強して……

 しかし、この世界の実態を知った今、いつもの日常に戻るなどできるはずがない。

 何より……


「ごめん、父さん。母さん。

 やっぱり、スピカと一緒に行くよ」


 アヴィオールはそう言って、閉まろうとする扉の隙間に体をじ込んだ。そして汽車から降り、スピカの隣に立つ。


「アヴィオール!」


 驚愕した両親から名前を呼ばれ、アヴィオールは振り返る。


「もうちょっとだけ学校休むよ!」


 スピカもまた驚いて、目を白黒させた。


「あ、アヴィ、帰るんじゃないの?」


「君を置いて帰れないよ。もう少しだけ、一緒にいさせて」


 スピカは驚きの表情から、歓喜の表情へと変わる。頬を紅潮させ、大きく頷いた。


「アヴィ! 何してるの!」


「早く乗りなさい!」


 両親から叱咤しったされるが、アヴィオールは全く反省していない顔で、へらへらと笑いながら片手を振った。

 やがて汽車が走り出す。アヴィオールは駆け足でそれに並走した。


「危ないことはなるべくしない。手紙書くし、電話もする。だからもう少しだけ。ごめん、許して」


 走り行く汽車に声が届いたかどうかはわからない。アヴィオールはそれだけ言って立ち止まり、空へと飛び立つ汽車に大きく両手を振った。

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