ヘリアカルライジング(5)
ダクティロスから外れた小さな山。手入れが行き届いている山道を歩く。
カペラは、チコと話す時はより一層生き生きとしている。チコとはまるで兄妹のように距離が近い。その関係性をスピカは微笑ましく見ているが、グリードはやや不満気味であった。
「チコー! 早く早く! 道案内してくださいよー!」
「そんなに急かさないでよ」
カペラは駆け足に山道を進み、チコは駆け足で追いかける。ウキウキとした足取りの二人に対して、スピカとグリードはやや重い。
「カペラ嬢は、チコ殿を
グリードは重い口調で一言もらす。スピカは上の空であったが、一瞬遅れてグリードを見上げた。
「ええ、そうね。チコさんを初めて紹介された時も、カペラはあんな感じだったもの」
「そうか」
スピカは前を向く。
カペラは底抜けに明るい。スピカの目にはそう映っている。友人の危機だと言うのに明るく振る舞える彼女に対して、少しの苛立ちと羨ましさを感じた。
「カペラみたいに明るく振る舞えたら……」
スピカはもらす。そんな彼女の言葉を、グリードは否定した。
「あの様に気丈に振る舞うのは、君には向いていないだろう」
「気丈に? って、どういうこと?」
スピカはグリードに問いかける。
「友人が片や
意気消沈とはスピカのことだろう。スピカは目を伏せて、足元より少し先の地面を見ながら歩く。
「そうなのかしら。私には、カペラがただ明るく無邪気なように見えるわ」
「それは君に余裕がないからだ。しかし、今は仕方あるまい。恋人があのような状況では、周りに気を配れと言うのは無理な話だ」
「アヴィは、その……いえ、いいわ」
訂正する気力もなく、スピカはただ足を動かす。
「スピカー、チコがイジワル言ってくるんですよー」
突然話しかけられ、スピカは顔を上げる。カペラの姿が目の前にあった。
「いや、だからね。あんまりご両親に心配かけないようにって言ってるんだよ」
「それどっちのこと言ってるんですか? パパとママ? それとも、叔父さんと叔母さんのこと?」
「あー……」
どうやらカペラはチコと喧嘩しているようだ。チコが言葉に詰まると、カペラは頬を膨らませる。
スピカはその顔につい苛立ってしまい、言葉に棘を含ませてしまう。
「チコさん困ってるじゃない。あなたを心配してのことなんだから、素直に聞き入れなさい」
言ってしまってからスピカは後悔した。「あっ」と小さく声をもらし、カペラの顔を正面から見つめる。
カペラは笑っていた。
「あはは。スピカってば真面目さんですねー」
カペラはスピカに背を向けて、駆け足で山道を進んでいく。
「お昼前にはダムに着きたいですね。で、みんなでお弁当食べてー」
普段と変わりない声。しかしそれを聞いてスピカは理解した。グリードが「気丈に振舞っている」と言っていた意味を。
「スピカちゃん、ちょっと来て貰えますか?」
チコはスピカに声をかける。きっと叱られるのだろうとスピカは思った。叱られて当然なのだとも。
「グリードさん、すみません。カペラをお願いできますか?」
「ああ、わかった」
グリードは早足にカペラの背中を追いかける。カペラはそれを振り返ると、拗ねた幼子のように頬を膨らませた。
「あはは。僕じゃないのが不満みたい」
チコはケラケラと笑う。
「あの……ごめんなさい」
スピカはチコに謝罪をこぼす。チコは眉尻を下げてスピカを見ている。
「いえ、そうじゃないわね。カペラに謝るべきだわ」
スピカはため息をついて肩を落とす。だがチコは、スピカのその態度を好ましく思ったようだった。下げた眉尻はそのままに、口元は弧を描いている。
「わかってるならよかった」
「怒らないんですか?」
スピカは問う。てっきり叱られると思っていた。しかしチコは首を振って、カペラの後ろ姿を見つめる。
「カペラ、誤解されやすいんですよ。今回のも、カペラに半分原因はあるでしょうね」
スピカはそれを否定しようとしたが、チコはその言葉を言わせない。首を振ってスピカに一言問いかける。
「カペラから聞いてます? 留年した理由とか」
スピカは記憶を辿る。アヴィオールからは「鉄道に夢中になってたから」と聞いているが、本人の口から説明があったわけではない。ましてや、他人の留年の理由など、軽々しく聞けるはずがない。
「カペラね、本来はアマルティア家のヒトじゃないんですよ」
スピカは目を瞬かせた。
「性はアマルティアじゃ?」
「養子ですよ、彼女は」
チコは人差し指を立てて口元に添えながら。
「カペラに怒られるから、僕が話したってことは黙っててくれますか?」
そう語り始めた。
「アマルティア家の
スピカは黙って聞いていた。チコは続ける。
「たまたま、本当にたまたま、
アマルティア家の息子から見れば、居場所を奪われたようなもの。だから虐められたんです。それが、カペラは辛かったって。
昔は荒れてたんですよ、あの子。夜中に家出して、なけなしのコインを握りしめて、駅に来て。
で、僕と会った」
チコは当時を思い出したのだろう。くすくすと笑いながら、口元を片手の拳で隠す。
「それはもう、幽霊みたいな顔で最初は戸惑いましたよ。
終電で来たものだから帰せなくて、待合室で休んでもらったら、初対面の僕に喋る喋る。めんどくさいなって思いながらも聞いてたんですよ。そしたらなんだか懐かれちゃって」
今のカペラの性格を考えると、チコが語る話が本当だとは思えない。しかし、チコの話を嘘だとも思えない。
「学校をサボって電車に乗って、待合室でボーッとして帰る。それが二年くらい続いちゃって。ただ、カペラにはその穏やかな時間が必要だったんだろうと思います」
きっとこの話は本当で、カペラはそれを隠しているのだろう。今でこそ明るく悩みなどないように振舞っているが、他人の内面などわからないものだ。
カペラがスピカを振り返る。そして急かすように手招きした。
「カペラは不器用だから、ああやって明るく振る舞うことしかできないんです。だから、あまり責めないであげてね」
チコはそう締めくくり、早足に山道を進む。
スピカは、昨日カペラが手を握ってくれたことを思い出した。本当に能天気で何も考えていないのであれば、自分を心配するなんて有り得ないことだ。
スピカはチコの背中を早足に追いかける。
「スピカ、チコとお喋りしてたんですか?」
カペラは問いかける。スピカはカペラに追い付くと、伏し目になりながら口を開いた。
「カペラ、さっきはごめんなさい。巻き込んでるのは私なのに、キツいこと言っちゃった」
カペラはきょとんとした顔をして、しかし直ぐに笑顔を見せると。
「気にしてないよー」
と言って、スピカの手を引いた。
「もうすぐお昼になりますし! 早く登っちゃおう!」
駆け足で山道を登る。
カペラの明るさは、きっとスピカを励ましてのことなのだろう。そう考えると、彼女の存在が有難いと思えた。
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