ヘリアカルライジング(4)

 先日はグリードの名義でホテルに泊まり、朝早くに目を覚ましたスピカは、カペラ、グリードと共に駅へと向かう。チコに会うには駅へ向かうのが確実だろうと思ってのことだ。

 しかし、始発の汽車が出るより先に到着したその駅には、チコの姿はなかった。


「ええー! チコお休みなんですかー!」


 受付でカペラは叫んでいる。その声からは絶望がにじみ出ていた。

 中年男性の駅員は、カペラの相手をしながら書類にハンコを押している。


「なんだ、カペラ。チコに会いに来たのか?」


「そうですー。何で休みなんですかー」


「チコだってヒトなんだ。休みがなけりゃ潰れちまうだろ」


「ぶー」


 カペラは一旦受付から離れ、ベンチで缶コーヒーを飲んでいるスピカ達に近寄った。


「チコお休みです」


「お休みなの?」


 スピカは焦りを顔に滲ませてオウム返しする。


「でもチコさんに会わないと。アヴィが……」


「カペラ嬢、チコ殿の住まいに心当たりはないのか?」


 グリードの問いかけにカペラは首を振る。あくまで駅員と常連客の関係だ。チコの家など知るはずがない。

 汽笛が鳴り響く。始発の汽車が駅のホームにやってきたらしい。そのうちまばらにヒトがホームへと降りてきた。

 こんな時間に汽車から降りる客は少ない。乗客達はまばらに駅の出口へと向かう。

 スピカはそれを眺めていた。

 が、その中にグルルの姿を見つけ、大きく片手を振った。


「チコさん!」


 グルルは振り返る。確かにそれはチコだった。チコはスピカ達の姿を見つけると早足に近付いてきた。


「ああ、やっぱり始発で来ると思ったよ」


 チコはカペラに声をかける。


「チコ、久しぶりです」


 カペラは声を弾ませた。チコに会えたのが余程嬉しいのだろう。しかしチコの表情はやや険しく、ため息混じりに口を開く。


「全く。アウリジェのアマルティア邸を訪ねても、暫く帰ってないって言うし。アマルティア次期当主が家出だなんて……」


「あーあーあー! 聞こえなーいでーす!」


「会いに来たって言うから、わざわざ業務後に行ったんだよ? なのに不在ってどういうこと?」


「そもそもあそこ私の家じゃないもーん!」


 まるで駄々っ子のようにチコの言葉に対抗するカペラ。スピカもグリードも、カペラの態度に面食らい、何も言えず棒立ちしている。

 やがてチコがグリードに顔を向けて頭を下げた。


「挨拶が遅れましてすみません。僕、駅員をしております、チコ・ティコ・ディータと申します」


「某はグリード・アスクラピアだ」


 グリードも頭を下げる。挨拶もそこそこに、チコは来訪の理由を尋ねた。


「で、僕なんかに会いに来たって? どうして?」


 カペラは説明しようと口を開く。しかしなかなか言葉にならず「えーっと」を何度か繰り返した。スピカはカペラの肩を叩いて、自分の胸を指差した。説明下手なカペラより、事情を把握している自分が説明した方が良いだろうと考えたからだ。


「あの、私の我儘わがままです」


我儘わがまま?」


 いぶかしむチコに、スピカは頷く。


「はい。竜に会いたくて」


「竜に?」


 スピカは、アヴィオールがタルタロスに堕ちたこと、魂を連れ戻すために代償と方法が必要であることを掻い摘んで説明する。ただし、自分の正体やカオスについては伏せておいた。

 チコは、何かを隠されていることに勘づいたようだったが、それを詮索することはしなかった。ただ「竜に会いたい」という言葉のみを受け取る。


「だから、竜に会ったことがある僕に話を聞きに? 冗談はやめてくださいよ」


 チコは困ったように笑う。


「僕が会ったのは、子供の頃の一度きり。それ以来、探しても会えないんですよ?」


 以前交わしたチコとの会話を思い出す。彼は竜に会うため、空に近付ける鉄道の仕事に就いたと言っていた。毎日のように竜を追い求めていると言って過言ではないだろう。そんな彼が、二度目の邂逅かいこうを果たせていないのであれば、望み薄なのではないか。スピカの脳裏に不安が過ぎる。

 その不安は、グリードのしっかりとした声がかき消した。


「チコ殿、無礼を承知で進言いたすが、以前竜と出会った場所に行くのは如何いかがだろうか」


 チコは顎に手を添え考える。


「何度もそこには行ってるんですけどねえ。でもまあ、最後に行ったのは二年前だし、また行ってみるのもいいかも」


 心做こころなしか、チコは高揚しているようだった。竜に会いたいと公言していたのだから、それも当然だろう。


「よし、行こうか」


 チコは即決する。彼のフットワークの軽さにカペラは驚いていた。


「いいんですか?」


「そのために来たんでしょ?」


 カペラはにっこりと笑って頷く。

 しかし、続くチコの言葉にカペラの表情が強ばった。


「折角ならその時のシチュエーションを再現したいんだけど、僕その時ダムの中に落ちたんですよね。傷だらけで溺れてたのを竜が助けてくれたんだけど、これ、再現できますかね?」


 カペラだけではない。スピカもグリードも、驚愕の表情を浮かべる。


「再現は……無理、かしら」


「行ってみないことには何とも……」


「とりあえず、行ってみましょうか」


 そんな中、チコだけは笑顔を浮かべていた。

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