ヘリアカルライジング(3)

 ダクティロスへと到着した汽車は、警察が取り囲み現場検証が行われた。スピカやカペラ、グリードは、乗客の内の一人とみなされ、簡単な事情聴取だけを受けて解放された。

 一方、チコは事件を対処した車掌として、今夜はダクティロスの駅の事務所にて、詳しい事情聴取を受けるとのこと。チコに聞きたいことがあると伝えたが、後日出直して欲しいと言われてしまった。

 仕方なく、スピカは通い慣れた定食屋に皆を案内する。

 水路を辿って住宅街へ進むと、その店か見えた。時計屋の常連客である、バークス夫妻が営んでいる定食屋だ。


「あまり店に立ち寄らぬ方がいいのではないか」


 グリードはスピカに耳打ちする。彼はおそらく足が着くことを警戒しているのだろう。しかし、スピカはその意見に反対した。


「私の家は、きっと狼達に知られているわ。家には帰れない。お店で食事を摂るしかないじゃない」


「まあそうだが」


「バークスさんは、お店の常連さんなの。大丈夫よ。何かあっても見逃してくれるわ」


 店の前でコソコソと話をしていると、中からバークス夫人が扉を開けて顔を出した。


「あら! スピカちゃんじゃない!」


 夫人はスピカを見るなり顔を輝かせた。続いてグリード、カペラの顔を見る。


「暫く見かけないから心配してたのよ。お友達も一緒?」


「ええ。アルフが出かけちゃってるから、今日は友達と外食しようと思って」


「あらあら。じゃあお入りなさい」


 夫人は機嫌がよかった。三人を店の中に招き入れると、厨房に戻り夫である店主に声をかける。店主もまたスピカに目を向けると、嬉しそうに声をかけた。


「ああ、いらっしゃい。久しぶりだね。何処にでも座りなさい」


 店の中には三組の客が食事を楽しんでいた。二組は家族連れ、一組はスーツ姿の男性二人。

 スピカは店の出入口に近い四人がけのテーブル席に向かう。カペラ、グリードがそれに続いた。

 壁に書かれたメニュー表には、家庭料理の名前が並んでいる。スピカは慣れた様子で魚のグリル焼きを三人分注文し、向かい側に座るカペラに話かけた。


「チコさん、大丈夫かしら?」


「チコは悪いことしてないですもん」


「悪いこと、してないとは言いきれないのよね」


 カペラは首を傾げる。「なんで?」とでも言いたげな顔だ。グリードはカペラに説明する。


「確かに、我々から見れば狼の一族は敵だ。戦ってくれたチコ殿は我々の味方。しかし、世間的には……」


 公共の場ではっきりと明言することがはばかられ、グリードの言葉は中途半端に切られる。しかしカペラは理解したようで、眉を下げて唇を噛んだ。


「儀式を荒らして、それ程時間は経っていない。まだラジオでのニュースも流れていないし、狼達が追っていることも知れ渡っていない。

 チコ殿が知らない体で通してくれさえすれば、すぐに解放されるだろう」


 グリードは言う。

 カペラは不安げな表情のまま、気を紛らわせるように、机の端にある調味料の蓋を開け閉めしている。


「はい、お待ちどうさま」


 暫くして料理が運ばれてくる。魚のグリル焼きと温野菜が並べられ、傍にはソースが入った皿が添えられる。三人分を運び終えると、夫人はスピカに話しかけた。


「ところで、アルフ君は元気かしら?」


 スピカは夫人を見上げる。


「元気よ。今、お師匠様のところで勉強中なの」


「そう。なら帰ってきた頃に、またお願いしようかしら」


「時計? 故障したの?」


「娘にあげた壁掛け時計が壊れちゃったのよ。私のおばあ様から譲り受けたものだから、なるべくなら直したくて」


 スピカは言葉に迷う。帰る目処がついていない今、安易に約束するわけにはいかない。


「帰る予定がなかなか立たなくて……アルフに伝えておくわ」


「お願いね」


 夫人はにこりと笑ってテーブルから離れる。スピカはフォークを手に取って、ブロッコリーに突き刺した。

 カペラはじゃがいもを頬張りながらスピカに問いかける。


「いいんですか?」


「約束するわけにはいかないわ。目処が立たないのは本当だもの」


 スピカはさらりと言ってのけるが、内心は罪悪感があった。

 

「ごたごたが落ち着いて、早く帰れたらいいですね」


「本当にな」


 グリードはフォークの先端を魚に刺して身をほぐす。皆思い思いに食べ始めるが、会話は少なくシンとしていた。

 スピカは一旦フォークを置き、鞄の中からノートとボールペンを取り出す。テーブルの中央にそれを置くとボールペンを走らせた。


『明日、チコさんに話を聞く。本当に竜に会える?』


 走り書きでやや汚いが、十分に読みやすい文字だ。カペラはボールペンを受け取り、その下に丸文字で書き込む。


『わからないけど、魔女探しよりは確実』


 何度も話し合った内容だ。しかし確実性がないことは確か。


『今はそれにすがるしかない。諦めるという選択肢はないだろう?

 番人の賢者に頼むという方法もあるが、敵か味方か判断が難しい』


 グリードは筆圧が強いらしい。くっきりとした濃い文字を書き込んだ。

 スピカはそれを読み、思案する。折角チコに会いに来たのだ。彼を信じるより他にない。


『わかった。

 付き合わせてごめんなさい』


 スピカが書き込む。しかし、謝罪の文書はペンでグシャグシャと塗りつぶし、代わりに『ありがとう』と書き直した。

 カペラとグリードはスピカに微笑んでみせた。


「折角見つかった乙女の大賢人が、また行方不明らしい」


 不意に店主の声が聞こえ、スピカは肩を震わせた。


「あら……心配ねえ……」


「警察にも情報共有が順次されるらしい。早く見つかるといいがなぁ……」


 どうやらラジオから情報が流れているらしい。スピカは反応してしまわないよう、料理を口に詰め込んだ。

 カペラもグリードも、耳を澄ませるものの手が動かない。

 ニュースは情報不十分のまますぐに終わり、コマーシャルが流れ始める。三人は安堵した。

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