バイオシグナチャーを信じて(3)
空は太陽が輝き、雲はない。晴れやかな青空の下、アズテリスモス神殿前の広場は人々で賑わっていた。
神殿にはバッケーに
神殿に続く階段を囲み、道を作るようにしてガイドポールが並べられており、その外側には、老若男女、様々な人種が集っている。
ガイドポールが作る道の先、湖の畔で、エウレカは、バッケーに
湖から小舟が流れてきた。岸に着き降りてきたのはアルゲディである。彼が先導する役目を担っており、彼の衣装もまた煌びやかだった。
「時間には間に合ったようだね」
アルゲディは懐中時計を取り出し、時間を確認する。予定の十三時より、五分早い到着である。
「遅すぎ。何してたの」
「蛇使いのサビクから電話が入って。なんか、即位の儀は延期しろとかなんとか」
「あいつ、
「まあ間に合ったしいいよ」
アルゲディは肩をすくめた。少女達は人数が揃ったことに気付くと、遊びを止めてエウレカへと近付く。
「時間になったら行きましょうか」
エウレカはそう言い、湖に背を向けた。その時だ。
茂みからがさりと音がした。エウレカが振り返るや否や、茂みから腕が飛び出して、エウレカの肩を掴んだ。地面に押し倒され、強かに背中を打ち、エウレカは息を詰まらせる。
「その儀式、ちょっと待ってくれないか?」
レオナルドがエウレカを押し倒していた。彼女はキッとレオナルドを睨み付ける。
少女達は悲鳴をあげた。彼女達はグリードに抱えられ、エウレカから離れた場所へと連れて行かれる。
「君達は逃げなさい。早く」
グリードは少女達を下ろし、脅かすようにそう言った。少女達は振り返ることなく、一目散に逃げていく。
「はあ、めんどくさい」
アルゲディはパンパイプを取り出した。それを口に宛てがうや否や、グリードは小さな袋をアルゲディに投げつけた。袋がアルゲディの頭にぶつかると、中から赤い粉が飛び出してアルゲディに降りかかる。
「げほっ、げほっ」
途端にパンパイプを落とし酷く
「有り得ない! アルデバランもスコーピウスも、一体何してんのよ!」
エウレカは叫ぶ。レオナルドはそれを許さず、彼女の首を片手で掴み絞めあげる。
「レオナルド殿。それ以上はいけません」
グリードはレオナルドに声をかける。
「元より、儀式を中断させ、彼女からカオスを食い止める方法を聞き出すことが目的のはずでしょう。
時計の賢者殿にも、協力を仰いだではありませんか。今そこまでする必要はありませぬ」
「いざとなれば殺す。そういう話だろう。今こそ『いざ』だ。
君はアルゲディを引き止めてくれ」
「いや、しかし……」
レオナルドは憎しみの目でエウレカを睨んでいる。
グリードは首を振り歯軋りした。レオナルドを説得しようと言葉を探す。
自分を誘った
「また殺すの?」
エウレカは、息苦しさに顔を歪ませながら問いかける。
レオナルドの目が揺れた。エウレカはこれを好機と判断した。歪んだ顔で、口元だけニヤリと弧を描く。
「殺しちゃった方が早いもんね。エルアの時もそうだった。乙女の宮から夜の湖に突き落とした。私を殺すために」
レオナルドの手が震える。じわりと力が抜けていく。
「エルアを殺して上手くいかなかったから、今度はスピカも殺すの?
アルファルドもいなくなったから、止めるヒトいないもんね。楽だよね、首をきゅっと絞めるだけでいい。それで終わり」
エウレカは首を傾げてみせる。
「でも、息子と同じ歳の子供を殺すなんて、今のあなたにできるのかしら?」
畳み掛けるかのようなエウレカの言葉に、レオナルドは一瞬怯んだ。エウレカはそれを見逃さず、レオナルドの鳩尾を蹴りつける。大した衝撃ではなかったが、急所に受けた蹴りは存外重く、レオナルドは呻いて手の力を緩める。エウレカはするりと抜け出てレオナルドから離れた。
「いけない!」
グリードがエウレカを追いかけようと足を踏み出すが、
「お前……殺してやろうか……」
目は真っ赤に充血し、瞳孔は真横に開ききっている。相当苦しいらしく、肩を上下させ荒い息をしていた。
「何事だい、これは」
スコーピウスの声が聞こえた。
どうやら少女達の悲鳴が聞こえたらしい。スコーピウスは微笑みの表情でレオナルドを見て、グリードを見た。それだけで何が起こったかを理解した。
「後で狼達にはきつく言っておかないとね。本当に愚図で仕方の無い子達だ」
スコーピウスは手を叩く。彼の背後に控えていたワーウルフの男2人が、レオナルドとグリードに近付いていく。
二人は差程抵抗せず、縄で後ろ手に縛られる。
「あいつ、私を殺そうとしたのよ。怖いわあ」
エウレカはおどけて言う。
「あいつだけは殺してよ。エルアの頃からほんと邪魔だったのよ」
スコーピウスは腕組みし、暫し考える。しかし今は新しい賢者を
「君達、二人を見張ってなさい。エウレカとアルゲディは私と一緒に行こうか」
エウレカは鼻歌混じりにスコーピウスの後ろに回る。
バッケーはおらず、アルゲディは服も髪も乱れているが、スコーピウスはそれを些細なことと思ったのだろう。ガイドポールに沿って神殿へと歩き出した。エウレカが、アルゲディがそれに続く。
湖の畔から神殿前の広場に向かうと、集まった人々がエウレカを見て盛大に歓声をあげる。
その歓声を背に受けながら、エウレカは階段を上がっていく。上りきった先には、アルデバランが待っていた。
「さあ、こちらに」
アルデバランに手を差し出され、エウレカはそれを握る。階段より若干奥まった空間、スタンドマイクが置かれたその場所に立つと、アルデバランから冊子を渡された。見開き二ページの台本である。読みあげろということだろう。
エウレカはそれを開き、マイクに向かって読み上げ始めた。
「ご
固い挨拶だが、差程内容は長くない。台本には、賢者としての責務を果たすだとか、国に貢献するだとか、聞いていて心地の良い言葉が並べられている。
ひたすらに無心で台本を読み進め、終わると台本を閉じて一例する。
『私の体で好き勝手するのはやめて頂戴』
不意に、脳裏に言葉が過ぎった。「煩いわね……」とため息をつく。
スピカとこの体は、まだ繋がりが切れていない。隙を見せれば体は再びスピカの元へと戻るだろうと理解していた。だからこそ気を張っていたつもりだ。
『死人のあなたが、生者である私の体に執着するなんて。駄々をこねるのもいい加減にして頂戴!』
スピカのその言葉で頭に血が昇る。怒りが湧き上がった瞬間、エウレカは目眩を感じて足元がふらついた。視界が黒く塗り潰される。
『ほんの一欠片だけど、見てしまったのよ。あなたの記憶』
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