煌めく銀原と夢見の羊(8)

 食堂のテーブルに並べられた朝食は、質素なものであった。

 バタートーストに、ジャガイモのポタージュスープ。とろみがついたスープは冷えにくく、温かいまま胃に届く。体の芯から温められて、レグルスはほうと息をついた。

 皆が向かい合って食事をしているが、喋ろうとしない。慣れない場所で緊張しているのだ。


「さて、昨日聞けなかったことなんだけど」


 シェラタンはバタートーストを小さくちぎながら口を開く。


「何でここに来たの?」


 部屋の空気が張り詰めた。責めているわけではないだろうが、口調は冷たい。


「君達は双子の大賢人だろう? まずは僕にアポを取るのが礼儀じゃないの?」


 マーブラは言い返そうとして、それをキャンディがいさめた。キャンディは食べる手を止め、両手は膝に乗せて謝罪する。


「大変申し訳ありません。しかし、昨晩申した通りです。現双子は、宮殿内の騒動のため、動ける状態ではありません。だから、見習いの私達がここに来ました」


 シェラタンは、バラバラになったトーストを皿に乗せたまま、手についたパン屑を払ってキャンディを見る。


「だからさ、宮殿内の騒動って何? 僕のとこには何も聞かされてない。なのに、昨日は話そうともしなかった。失礼じゃない?」


「それは……すみません」


 キャンディはしおらしくなり、顔を俯かせた。

 レグルスは自分の役割を理解し、シェラタンに声をかける。


「キャンディ達より私の方が、事の経緯を知っています。おそらく、キャンディは私に説明をさせるために、私が目を覚ますのを待っていたのでしょう」


 キャンディはレグルスの発言に何度も頷く。それを肯定として受け取ったシェラタンは、にっこり笑って口調を崩した。


「なーんだ。それならそうと言ってよ。僕一人で勝手にねて、バカみたいじゃない」


 シェラタンは、ちぎったトーストを口に放り込む。


「説明お願いできる?」


「あ、はい」


「固くならなくていいからね」


 レグルスは、シェラタンに求められて今までの経緯を説明する。

 スピカという友人がいること。現乙女として継承を求められたこと。特例を利用し継承したこと。

 そのせいで、スピカだけではなく宮殿がエウレカに乗っ取られたこと。アルデバランの裏切りにより、狼の一族から監視されていること。

 狼の監視を掻い潜り、父の指示で銀原ぎんばるまで来たこと。


「こういった経緯から、シェラタンさんには何も知らさないままで来てしまいました」


 レグルスは語り終える。

 シェラタンは暫く黙って聞いていたが、次第に驚きから目を見開き、空いた口が塞がらなくなっていた。


「は? え? やば」


 狼狽ろうばいしているらしく、顔は真っ青で目が泳ぐ。使用人を振り返ると指示を出し、使用人は食堂を後にした。


「あの、私達はカオスとかエウレカとか、どうもピンと来なくて……」


 ファミラナがおどおどと言葉を漏らす。シェラタンはそれを責めることなく、ファミラナに優しく声をかける。


「知らないものを怖がれだなんて、無茶は言えないよね。それは仕方ない。だけど、今の状況、かなりやばいよ」


 シェラタンはレグルスに目を向ける。


「君は、カオスの一端を見たね?」


 レグルスは頷く。


「見ました。エウレカが舞うと、足元が黒くなって……あれ、何なんですか?」


 エウレカに誘われ、乙女の宮に向かったことを思い出す。彼女が面白いものと言って見せたものは、光も影もない純粋な黒であった。その不気味さが頭を過ぎり、身震いしてしまう。

 シェラタンは、顎に手を添えて考える。


「説明するより見せた方が早いんだけど、突然の要請だし、来てくれるかどうか……」


「要請?」


 レグルスは眉を寄せる。


「君達、この世界の成り立ちについて知ってる?」


 シェラタンは問いかける。

 突然、壮大な話題を振られ、一同呆気に取られた。


「世界の成り立ち? 急に何言い出すんですか?」


 マーブラが問いかける。そう思うのも当然だろう。シェラタンは、マーブラの問いかけを否定することなく、説明を始めた。


「この世界は、元々竜が支配していた。なんて言われるけど、そんなの嘘っぱち。竜はヒトと平和に暮らしていたんだ。

 竜はヒトよりも長く生きる。そもそも竜には寿命の概念がないからね。生きたい時に生き、死にたい時に死ぬ。

 ヒトは、そんな竜の存在を神と崇めていた。竜は、そんなヒトに慈しみを抱き、魔法を分け与えた。

 これが世界の成り立ちだ」


 レグルスはぽかんと口を開く。学校で教えられた話や、宮殿で学んだ話とも全く違う。

 世界の常識は、竜がヒトを虐げていたというものだ。突然平和な話を聞かされて、信じられるはずがない。


「いやいや」


「否定せずに聞いて」


 レグルスの言葉を、シェラタンは遮る。


「ある日、ヒトの国の姫が竜に食べられた。

 竜はね、ヒトとの間に子供を授かることができるんだ。ヒトの血と竜の血を混ぜ、竜が子を宿す。

 もしかしたら、行き過ぎた愛情の結果だったのかもしれない。いや、単に子供が欲しかっただけかも。

 それがきっかけで、百年戦争が起きた。


 ごめん。今は黙って聞いて。


 百年戦争の結果は引き分け。強大な竜でも、数多いヒトを滅ぼすことはできなかった。情もあったしね。

 だから、お互いに疲れ果てた竜と人間は、不可侵条約を結んだんだ」


 シェラタンはそこで言葉を切る。ホットコーヒーを一口飲み、静かにため息をつく。

 にわかに信じられない話、むしろ、シェラタンの作り話ではないのかと疑ったマーブラは、苦笑しながらシェラタンに問いかける。


「で、カオスやエウレカと、何の関係が?」


 シェラタンは、マーブラの反応を快く思わなかったようだ。しかしそれを口に出すことはなく、続きを語り始める。


「冬が無くなったのは、百年戦争の後から。それは知ってる?」


 皆頷く。


「そう。それは知ってるんだね。

 じゃあ、冬がカオスの代替案として作られたという話は?」


 それには皆顔を見合わせた。

 ただし、レグルスには心当たりがあることだ。手帳に書かれていた内容を思い出す。


「定期的に冬をもたらし、闇のカオスを回避する。数千年の暗黒より、三ヶ月の銀原ぎんばるを」


 シェラタンは目を細める。


「そう、その通り」


「いや、俺は、聞きかじりの一文をそのまま読み上げただけです。だから、意味なんてさっぱりわからないんです」


 シェラタンは首を振る。その情報だけで十分だと言わんばかりだ。


「まずは、カオスとは何かについてだ」


 その時、食堂に使用人が再び現れた。彼はにこやかに笑いながら、シェラタンに報告する。


「ニュクス様が、要請にお応えされました。直ぐに来てくださると」


「本当に?」


 シェラタンは満面の笑みを浮かべる。そして急いでトーストを口に詰め込むと、コーヒーカップを持ったまま立ち上がる。


「彼女がすぐと言ったら本当にすぐだ。君達も早く準備して。お客様を迎えるよ」


 レグルスは慌てた。朝食にはほぼ手をつけていない。それはファミラナも双子も同じだった。


「あ、あの、お客様って、どなたですか?」


 ファミラナが訊ねる。

 シェラタンは笑顔を崩さず、否、嬉しさに頬を紅潮させてこう言った。


「夜を駆けし竜、ニュクス様だよ」

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