煌めく銀原と夢見の羊(6)

 暖かな部屋の中、レグルスとファミラナは、毛布に包まりホットココアを飲んでいた。マシュマロを入れたそれは甘ったるく、雪道で奪われた体力を補うかのように、身体中に染み渡る。


「テレパシーがなければ気づかなかったよ。突然のお客様なんて、普段は有り得ないからね」


 サテュロスもホットココアを飲みながら、まきを火の中に放り込む。暖炉と呼ばれるその炎は、煉瓦れんがの壁に囲まれており、家具に燃え移ることはない。この部屋の暖かさを保っているのは、暖炉のおかげなのだとサテュロスは言う。


「では、あなたが……」


 レグルスは、自分より随分と年上のサテュロスに問いかける。サテュロスは頷いて、自分の胸に片手をあてた。


「眠りの賢者。牡羊のシェラタン・イアーソンだよ。よろしく」


 シェラタンは、細く垂れた目をより一層細め柔和に笑う。

 この白山しらやまでの困難は、半分が自分のせいだと語った彼は、自分の輝術を呪っているようであった。


「はあ。継ぎたくなかったよ、この術。僕が寝ると、その眠気が白山しらやまにいる皆に伝染する。だから、双子の大賢人の付き添いが必須なんだけど。

 眠気の中、テレパシーを送ってくれたのは君かい?」


 シェラタンはレグルスに問いかけるが、レグルスは首を横に振る。


「いえ、ファミラナの輝術です」


「すみません、急に送って。ただ、頂上に大賢人様がいらっしゃるとお聞きしていたので」


 ファミラナは申し訳なさそうに言うが、シェラタンはまるで気にしていないようだ。


「いや、君は正しいことをしたよ。そうしなければ、君たちはあそこで凍死していたかもしれない」


 レグルスはファミラナと顔を見合わせる。


「とーし?」


「凍えて死んでしまうことだよ。そうか、君たちは聞き馴染みがないものね」


 レグルスは体を震わせた。

 あのまま寝ていたら死んでいた。自分の直感は正しかったのだと理解した。


「あの、キャンディちゃんとマーブラ君は、大丈夫だったんですか?」


 ファミラナは問う。目を冷ましてから友人の姿を見ていないのだ。心配になるのも無理はない。

 シェラタンはココアを飲み干して答える。


「彼らは双子の賢者でしょう? だから、眠気を打ち消して、あの吹雪の中這うように山を登ってきたんだ。で、山を下りる僕と偶然鉢合わせしたんだ」


「ふぶき……」


「君たちが体験した、雪を纏った強風のことさ。古代では、あれを吹雪と呼んでいたんだ」


 わからない単語が多く、その度に会話を中断してしまう。聞きたいことは山ほどあるのに、理解できないことがもどかしい。

 シェラタンは窓の外を見た。まだ吹雪は続いており、屋外の景色は見えない。しかし、夜だということは屋外の暗さから読み取れた。


「ここに来たということは、きっと僕に何か聞きに来たんだろうけど、今日はもう遅いから。

 僕眠たくなってきたし、早いとこ布団に入りなさい」


 シェラタンは両手を組んでぐっと伸ばす。空になった三人分のマグカップを持ち上げて、椅子から立ち上がった。


「部屋は別々の方がいいかな?」


 シェラタンは問いかける。ファミラナは別室を希望しようと口を開くが、レグルスがそれを遮ってしまった。


「いや、大丈夫です。もう動けないし」


 ハハ……と力なく笑う彼を、シェラタンは目をパチクリさせて見つめた。そして含み笑いをすると、弾むような声で


「そっか。じゃ、ごゆっくり。

 暖炉は消さなくていいよ。朝方には燃え尽きて消えてるから」


 そう言って部屋を後にした。

 ファミラナは真っ赤になった顔を俯かせ、毛布で頭をすっぽり隠してしまう。


「あ、あの、レグルス君。一緒の部屋って、そういう……こと?」


 毛布の中から聞こえる声はややくぐもってしまう。その分意識して大きな声を出したつもりだったが、レグルスには聞こえなかったらしい。


「疲れたー。先寝るぞー」


 レグルスは大きく口を開けて欠伸する。ファミラナは毛布から顔を出し、レグルスの姿を目で追った。

 随分疲れているらしい彼は、ふらふらとした足取りでベッドに向かう。並べられた2つのベッドのうち片方に近付くと、布団の中に倒れ込んだ。

 分厚い羽毛布団は、レグルスの体を包む。その柔らかさに興奮したようで、レグルスは目を輝かせていた。


「うわー! やわらけー! ファミラナ、寝てみろよ。これやべー!」


 ファミラナは、レグルスの反応を微笑ましく、しかし寂しく感じてしまう。しかしそんな想いは口にせず、ベッドに近付き腰掛けた。

 レグルスの言う通り、柔らかな布団だ。靴を脱いで横になる。雲に乗っているかのような柔らかさと軽さ。体がこのまま溶けていきそうだ。


「なあ」


 レグルスはファミラナに声をかける。思い出したことが一つあったからだ。


「あの時言っただろ? 俺に言ってないことって何だ?」


 あの吹雪の中、わざわざ言おうとしたことなら、重要だったに違いない。レグルスはそう考えていた。

 ファミラナは首を傾げる。目が細められ、ぼんやりとした顔になる。暫くそうしていたが、出てきた答えは。


「覚えてないや。ごめんね」


 だった。

 レグルスは深く気にする事はなく、「そっか」と一言。靴を脱ぎ、両手両足を投げ出してベッドに横たわると、大きく深呼吸をした。

 窓は風でガタガタと揺れ、笛鳴りが聞こえる。暖炉のとろ火が灯るだけの薄暗い部屋の中、その音は不気味で不安を煽る。スピカやアヴィオールのことを思い出し、叫びたい気持ちを押し殺すため、うつ伏せになり枕に顔を埋めた。枕はふんわりと柔らかく、顔を包み込んでくれる。


「なあ、大丈夫だよな」


 レグルスは不安を吐露とろする。


「わからないことばかりだけどさ、明日になれば色々とわかるよな」


 ファミラナからの返事はない。おそらく、枕のせいでくぐもった声は、彼女に聞こえなかったのだろう。

 不意に眠気が襲ってきた。白山で体感したものと同じく、自分の意思に反する睡魔だ。

 しかしここは暖かな屋敷の中。耐える必要はない。睡魔に任せて目を閉じて、夢の中へと落ちていった。

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