迷光より出づ(3)

 アルファルドはアヴィオールを先に歩かせ、彼の背中に拳銃を突き付ける。


「何もそこまでしなくても……」


「黙ってくれ。誰かに聞かれたらかなわん」


 二人は牡牛の宮の地下牢を出て、後ろを振り返る。

 看守は階下で倒れている。縄で縛られた状態で気絶しているようだ。外傷はない。


「誰に会うかわからんな……」


 独り言のように呟くアルファルドの言葉に、アヴィオールは頷く。牡牛の宮の敷地内に居るのだ。大賢人に会う可能性は否定できないし、それが万一攻撃に特化したものであれば最悪だ。

 ふと、宮を見上げる。窓という窓は全てカーテンに覆われ、明かりが漏れ出ている部屋はない。無人なのだろう。


「今夜継承するという話なら、既に乙女の宮へ行っているかもしれんな……」


 アルファルドはアヴィオールの腕を掴み、足を踏み出した。


「行くぞ」


 軽く引っ張ると、アヴィオールは歩幅を合わせて歩き出す。

 今は夜。今宵は新月で、月の光が全くない。その代わり、星々が濃紺の空にくっきりと浮かび、煌めいている。

 花畑を横切り、遊歩道へと向かう。湖に面した小道は、夜になると不気味な雰囲気に満ち溢れていた。湖からは蛙の鳴き声が聞こえ、枝葉を縫うように蝙蝠が舞う。時折蜘蛛の巣が頭に引っかかり、その不快さに首を振る。


「あれは……?」

 

 アヴィオールが声をもらした。アルファルドは目をこらす。

 闇の中、前方にふらりと現れた人影に、アヴィオールは目を見張った。


「ファミラナ……?」


 そこにいたのはファミラナだ。飾り気のないジャージにスパッツという出で立ち。手に持っているのは、彼女の背丈と同じ長さの長棍ちょうこん。いつか、アクィラで見た服装そのままであった。


「どうしたの?」


 アヴィオールが声をかける前に、ファミラナが動いた。アルファルドの顔を目掛けて長棍ちょうこんを突き出す。アルファルドは顔を逸らしてそれを避けた。僅かに長棍ちょうこんの先端がこめかみを掠める。先端が皮膚に引っかかり、裂ける。


「ぐっ……」


 アルファルドは呻くが、彼には外傷などあってないようなもの。傷を受けた箇所は光り輝き、次の瞬間には治ってしまう。

 ファミラナは続けて、アルファルドの右肩を狙って長棍ちょうこんぐ。それも避けられず打撃が入るが、やはり輝術によって回復する。

 更に同じ箇所に攻撃を入れられそうになるが、アルファルドはアヴィオールの腕を引いて後退する。


「君は、スピカの友達だろう?」


 アルファルドはファミラナに声をかける。


「協力してくれないか? このままだとスピカが危ない」


 ファミラナは、その言葉が聞こえていないかのように、長棍ちょうこんを両手に構えてにじり寄る。

 アヴィオールは眉をひそめた。仮にも人質役として自分はここに居るのだ。友人である自分の存在を認識しているのであれば、ファミラナであれば慎重に動くのではないか。ひょっとすると、この新月の闇の中で、自分が見えていないのではないか。


「ファミラナ、僕の声が聞こえる? 僕達を行かせてくれないかな」


 アヴィオールが声をあげた。


「おい、アヴィ」


「ファミラナは友達だ。理解してくれるよ」


 アルファルドは慌てて声をかけるが、アヴィオールはそう言った。アルファルドの腕からするりと抜けて、ファミラナに対面する。


「アヴィオールだよ。暗いからわからなかったかもしれないけど。今からスピカを助けに行くつもりなんだ。お願いだから、通してくれないかな」


 ファミラナは何も言わない。アヴィオールは首を傾げた。


「聞こえてる? ねえ」


 アヴィオールがファミラナに近付いたその時、まるで彼を振り払うように、ファミラナが長棍ちょうこんいだ。アヴィオールは目を丸くして後退りする。


「え?」


 近付いて、ようやくファミラナの表情が見えた。彼女の顔は無表情、虚ろなものだった。


「どうしたの?」


 そう声をかけるアヴィオールに、ファミラナは歩を詰める。長棍ちょうこんを両手に構え、振り下ろす。


「は? ちょっ」


 アヴィオールは咄嗟に白鳩を飛ばす。それはファミラナの長棍ちょうこんにぶつかり、押し戻した。その衝撃で、長棍ちょうこんを持つファミラナの手が跳ねる。しかしそれを気にする様子もなく、再び振り下ろした。


「ちょっと、話聞いて!」


 再び白鳩を飛ばす。今度は長棍ちょうこんを強めに弾き返し、ファミラナはよろめく。アヴィオールは距離を離し、白鳩を具現化させて次の攻撃に備える。


「ファミラナ、どうしたの? ちょっとおかしいよ」


 ようやくファミラナが口を開いた。


「あなた達の方が、おかしいと思いませんか。死の季節、冬を肯定するのですよ」


 それは、抑揚がない機械のような声だった。アヴィオールは、その声の異質さに鳥肌を立たせながらも、問いかけには首を振って応える。


「冬が来るとか、死の季節だとか、そういった難しいことはわからない。ただスピカを助けたいだけだよ。 

 考えたらさ、おかしくない? スピカには負担になる継承に、一度で済ませる特例を使うだなんて」


 アヴィオールは、自分が抱いていた予感を口にする。ファミラナはそれを黙って聞いている。


「僕はスピカが大切だから止めに行く。冬のことは、来たら考える」


 アヴィオールを見つめていたファミラナの目がスっと細められ、長棍ちょうこんを持つ手に力がこもる。

 次の瞬間、ファミラナは駆け出していた。長棍ちょうこんを横にぐ。アヴィオールは白鳩でそれを防ぐが、強い力に白鳩が押し消され、右の上腕を殴られる。


「っく」


 アヴィオールの体が地面に投げ出される。


「勘弁してよ」


 肩から腕までがじんと痺れる。長棍ちょうこんを受けた右肩には、おそらく痣ができているだろう。熱を帯びる感覚に、アヴィオールは悪態をつく。


「ファミラナ、君は友達のことを一番に考えてるものだと思ってた」


 ファミラナは目を細めた無表情のまま、何も言わない。瞳は虚ろにアヴィオールを見下ろしていた。

 長棍ちょうこんを振りかぶる。


「ああもうっ」


 アヴィオールは左手を突き出す。そこから光り輝く白鳩が現れた。

 長棍ちょうこんが振り下ろされると、白鳩が代わりにそれを受けた。白鳩から溢れた光は辺りを覆い隠し、聞こえないはずの金属音が、うるさいくらいに響く。

 ファミラナは反射的に目を閉じた。


「アルフ」


「あ、ああ」


 光の中で、二人分の声がする。

 光が消えた頃には、アヴィオールもアルファルドも姿を消していた。

 ファミラナは目を開き、二人がいなくなったことを理解する。細めていた目を数回瞬きすると、首を傾げた。


「あれ、私、何してたんだっけ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る