迷光より出づ(2)
牡牛の宮には誰もいない。無人の宮を、レグルスは駆け回る。誰かヒトがいないかと。メイドでも執事でも構わなかった。
階段を駆け上がり、二階にある広間へと向かう。扉に手を掛けようとして、しかし扉の向こうから聞こえる声に手を止めた。
『スピカちゃんは? どうなったんですか?』
『今から継承の儀だよ』
『今から……』
レグルスはそれを聞き、弾き飛ばすかのように扉を押し開けた。
中にいたのは、スコーピウスとファミラナだった。ファミラナは驚いてレグルスを振り返る。
「レグルス君……どうしよう……スピカちゃんが……」
ファミラナは震える声でレグルスに縋る。レグルスはそれに歯ぎしりし、スコーピウスに怒鳴った。
「特例は使うな! あいつ死ぬぞ!」
しかし、スコーピウスは首を振る。
「乙女が死んでしまうようなこと、する訳がないだろう」
「あいつの弱さを知らないのかよ。子供の半端な術でもぶっ倒れたんだぞ」
アヴィオールの術による事故を思い出し、レグルスは叫ぶ。しかしスコーピウスは尚も首を横に振る。
「ああ、アンナの術でも数時間は寝込んだらしいね。だが大丈夫だ、問題はない」
「何が問題ないだ」
レグルスは拳を握り震わせる。
「そうやって、大人は子供に理不尽を押し付ける……何も言わずにだ! 死ななきゃいいのか! どうなるかもわからないのに!」
怒りでどうにかなりそうだった。頭に血がのぼり、こめかみがうるさい程に脈打っている。
だが、この話をしに牡牛の宮を走り回っていたのではない。レグルスは肩を怒らせ深呼吸し、低い声で言った。
「スピカの親父さん、脱獄したぞ。アヴィを人質にして」
スコーピウスは目を細める。
「アヴィオール君を?」
「そうだよ。あいつ、頭イカれたんじゃないのか。お前らがスピカに無理強いするから」
レグルスの言葉に、スコーピウスは考え込む。まるで焦りが感じられない。
「スピカさんの継承を止める気かもしれんな」
「なあ、何とかしろよ!」
たまらずレグルスは叫ぶ。ファミラナはどうにかレグルスを落ち着けようと、彼の腕を握っている。
「ファミラナ。君は烏の一族、伝達の賢者だね」
スコーピウスに問われ、ファミラナは彼を見る。
「あ、はい」
「援軍が来るまで、君がアルファルド君……スピカの父君を止めてくれるかい?」
「え? わ、私が?」
ファミラナは目を白黒させる。スコーピウスの口元は笑みを浮かべていたが、目は至って真面目だった。
「君は武道の心得がある。頼まれてくれないかい?」
ファミラナはスコーピウスとレグルスを交互に見る。どうすればいいか判断がつかない。
レグルスは舌打ちした。
「女の子にこんなことさせてんじゃねえよ」
「では、君が止めるかい? 無理だろう?」
「……くそっ」
レグルスはファミラナの手を引いた。やや乱暴に、ファミラナを引きずるようにして広間を出、階段を降りる。
「わりい、ファミラナ」
「ううん。私はいいの」
「違う。頼まれて欲しいんだ」
ファミラナはレグルスの横顔を見上げる。
「俺らは、アルフさんと一緒に、スピカの儀式を邪魔する。だから、ファミラナ、アルフさんには手を出すな」
「え?」
「アルフさんを探すのに手こずってるフリをしてくれ。それだけでいい」
ファミラナは考え込む。スコーピウスの指示を呑むべきか。それともレグルスの頼みを優先すべきか。
悩んだ末に出した答えは。
「わかった。やってみる」
「ほんとにごめん」
レグルスはファミラナを見下ろし謝罪する。そしてファミラナの手を離した。
階段をかけ下りる。羽織ったマントをはためかせながら、全力疾走で牡牛の宮を後にする。
父親が、牡牛の宮の入口で待っていた。彼はレグルスが戻ってくると、並走して問いかける。
「誰がいた?」
「スコーピウスとファミラナが」
「アルデバランは乙女の宮か。サビクはいなかったのか?」
「いない。蛇使いの宮にもいなかったし、継承の儀に呼ばれてるとも思えねえ。何処に行ったんだ」
二人分の足音が、夜の道を踏み鳴らす。乙女の宮では、今継承の儀が行われているはず。急がなくては。
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