観測できぬテラヘルツ
観測できぬテラヘルツ
跳ね橋に繋がる遊歩道をスピカは走る。胸の内にあるのは、恐怖と焦り。
今朝、地下牢の看守から話を聞いて後悔した。話を聞いたことではなく、問題を先延ばしにしてしまったことについての後悔だ。
跳ね橋までやってきて、スピカは足を止める。全速力で走ってきた体は疲れ切り、激しく鼓動していた。
「スピカ、待って!」
アヴィオールとレグルス、そしてファミラナがそれを追い掛ける。彼らも激しい息をしており、必死でスピカを追いかけていたと見受けられる。
「サビクさんかグリードさんに助けて貰おうよ」
息を切らしながら、アヴィオールが言う。ゼエゼエと吐き出す息に咳が混ざる。
「待てないわ」
「待った方が絶対いいって!」
「スピカちゃんだけじゃ、どうにもならないよ。大人の賢者に手伝って貰わないと」
レグルスもファミラナも、アヴィオールの意見に同意している。彼らはスピカを止めるために追いかけていたのだ。
だが、スピカは焦って仕方がない。話している時間も惜しいとばかりに、友人を放って駆け出しそうになる。
「待ってってば!」
アヴィオールは咄嗟にスピカの腕を掴んだ。
「離して!」
「一人で行っちゃだめだ!」
しかしスピカは、渾身の力でそれを振りほどく。
「だって、アルフの裁判よ!
昨日まで知らされなくて、今朝会いに行ったらもう連れてかれただなんて。私にわざと話さなかったんだわ!」
スピカはすっかり取り乱していた。瞳に涙を溜めて、瞼で蓋をして首を振る。そんな彼女の頬を、アヴィオールは両手で包み込む。
「しっかりして!」
アヴィオールの怒鳴るような大声に、スピカは驚いた。浅く呼吸を繰り返し、やがて落ち着きを取り戻す。途端に足の力が抜け、その場にへたりこんだ。
「とりあえず、サビクさんに馬車を頼もう。裁判所に行かなきゃ」
スピカは頷くことさえできず、ただ呆然とする。
「俺は、予定通り親父に話を聞く。ファミラナは?」
「私は、蠍の宮を訪ねてみる。法王陛下がいらっしゃるかどうか、わからないけど……」
スピカは考えが纏まらない頭のまま、自分にできることを考えている。
そして、一つ思い出した。
「クリスさん……」
アヴィオールは屈み、スピカの顔を覗き込む。
「クリスさんが、どうしたの?」
スピカはアヴィオールに訴える。
「クリスさんは時計の賢者。時計の輝術は過去を見る術。クリスさんの術が、アルフの無罪の証拠になるわ!」
どうしてクリスティーナのことを忘れていたのか。スピカは考えの至らなさを恥じる。
「今からでも、クリスさんに来てもらえれば!」
「わかった。ファミラナ、頼める?」
ファミラナは頷く。
「クリスさんに相談するのが先だね。時計屋さんに電話してみる」
ファミラナは来た道を振り返る。
そこに、一台の馬車が通りかかった。それはファミラナの目の前で止まる。
馬車の窓から顔を出したのは、サビクとグリードであった。
「君達……裁判所に行かなかったのかい?」
サビクが目を丸くして問いかける。スピカは首を振った。
「さっきまで知らされなかったんです」
「そんなまさか。アルデバランが黙ってたのか……?」
サビクの呟きに、スピカは「わからない」と首を振る。そして立ち上がり、馬車へと近付き問いかけた。
「ディクテオンさんは、私を父から遠ざけてます」
「どうやらそうみたいだね」
グリードが馬車のドアを開ける。馬車には、あと2人分の席が空いていた。
「乗れ。行き先は一緒だ」
「僕も乗せて!」
アヴィオールが声を上げる。そしてスピカの隣に立った。
グリードはサビクを振り返り、意見を求める。二人は声を交わさず、表情だけで互いの考えを汲み取る。そして同時に頷いた。
「乗りなさい」
スピカは馬車に乗り込み、アヴィオールに手を伸ばす。その手を握り、アヴィオールも乗り込んだ。
「ファミラナ! クリスさんに連絡がついたら、裁判所に行くよう伝えて!」
スピカは窓越しに声をかける。ファミラナはスピカを見上げた。
「わかった!」
御者はサビクを振り返る。出発しても大丈夫かと声をかけると、サビクは頷いた。
二頭の馬は、鞭打たれて歩き出し、それがやがて早足になる。スピカは窓から顔を出して、宮殿の方を振り返る。
レグルスとファミラナは、スピカに向かって手を振っている。そしてすぐに宮殿へと向かって走り始める。
馬車は跳ね橋の上を駆けていく。
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