輝きは夜に消えて

輝きは夜に消えて

 乙女の宮。その一階。廊下の奥に寝室があり、スピカは一人でベッドに寝転がっていた。

 部屋には豪華な調度品。ただ眠るための部屋とは思えない程に、机も椅子も、ベッドも、全てがきらびやか。

 この全てが、次期乙女の大賢人、すなわちスピカのものだと言う。だが、まるで実感が湧かない。

 昨日の出来事が、まるで夢のように思えた。

 突然実父が出てきて、名を明かされた。彼は牡牛の大賢人であった。母は乙女の大賢人で、スピカ自身は消えたはずの、乙女の大賢人。

 まるで他人事のように感じて、スピカはぼんやりと天蓋てんがいを見上げていた。


「スピカ、入っていいかな」


 男性の声が聞こえ、スピカは起き上がる。どう返事をするか迷い、黙り込んだ。

 スピカの返答を聞かないままに、男性が扉を開けて中に入る。アルデバランであった。彼は困ったような笑い方で、閉じられた天蓋てんがいを見つめた。


「今、大丈夫かい?」


 スピカは天蓋てんがいをめくり、顔を出した。ただ困惑を瞳に浮かべ、何も言えずアルデバランを見上げるだけ。アルデバランはスピカに手を伸ばすが、スピカはふいと顔を逸らせた。

 無理もないだろう。実の親子とはいえ、離れすぎていたのだ。スピカにはアルデバランが実の親だという実感がない。


「少し出掛けないか?」


 アルデバランの誘いを、スピカは迷う。だが断る理由もなく、小さく頷いた。


「外で待っているよ」


 アルデバランは寝室を後にする。

 スピカはワンピースの裾を叩くようにしてシワを伸ばす。乱れた髪を結び直し、寝室を出た。

 乙女の宮はただ静かで、自分以外に誰もいないのだと実感する。アンティークな家具達も、無人であれば埃をかぶるしかないのだ。

 それは嫌だなと、ぼんやり思った。


「準備はできたかい?」


 宮を出ると、アルデバランが立っていた。肩まである漆黒の髪を風になびかせて、スピカを待っている。


「待たせてごめんなさい」


「気にしないで」


 二人は並んで歩き始める。アルデバランには目的があるのだろう。スピカが迷わぬように、一歩先を歩いている。

 乙女の宮を出て、湖方向へと向かう。その途中には、ハーブの花壇が道なりに設備されている。ミントのツンとした青い香りが漂っていた。


「何処に行くの?」


 スピカは問う。できれば外には出たくない。頭を整理するための静かな時間が欲しい。だが、アルデバランの申し出を、実父の厚意を無下にするのも失礼に感じた。

 何より、今まで離れて暮らしていた分の穴埋めは必要だろう。その原因が、スピカ自身にはなかろうと。

 アルデバランも、同じことを考えているのだろうか。


「そうだね。街を一緒に見て回らないか? スピカは、首都は初めてだろう?」


「ん……」


 クリスティーナと鉢合わせしそうで、スピカは躊躇ためらう。その気乗りしない返事を聞いてか、アルデバランは考え直す。


「じゃあ、街を出てみようか。クラウディオスから少し離れて、シュルマに行くと……」


「麦畑ね。乙女の農地」


 アルデバランは目を細めた。


「そう。よくわかったね」


「でも、十年前から麦の質が悪くなってきてるって聞いたわ」


「そんなことまで知ってるのか。スピカは偉いなあ」


 アルデバランはスピカの頭を撫でる。ぎこちない手つきは、おそらく子育ての経験がないからだろうと、スピカは推測する。


「そんなところに、何をしに行くの?」


 愚問だなと、口にした瞬間に思い、自嘲じちょうで口元が歪む。自分は次期乙女の大賢人なのだ。乙女の一族が代々統治してきた土地なのだから、自分が視察に行かなければ、誰が行くと言うのか。


「今日はただの散歩だよ。だけどね、この国の現状を君の目で見て欲しいんだ」


 アルデバランは含みを持たせた言い方をする。スピカはいぶかしく思うが、問いただすようなことはできず、唇を結んで黙り込んだ。

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