膨らむ不安は星雲のごとく(4)

 スピカと別れたアヴィオールは、アルデバランに連れられて、蛇使いの宮へと向かっている。本日もそこの客室での寝泊まりを勧められているのだ。

 アルデバランはアヴィオールを振り返ることなく、黙って歩く。どうにも居心地が悪くて、アヴィオールは適当に話を持ち出した。


「スピカのお父さんなんですよね。あの時、学校前にいた時から、気付いていたんですか?」


 緊張して声が上擦る。今朝は声を張り上げて、アルファルドとアルデバランの言い争いに割り込んだというのに、今のアヴィオールは随分しおらしい。

 アルデバランはそれを気に止めることはなく、淡々と返事をする。


「ああ、そうだ」


 話が途切れる。

 途切れないよう意識して、アヴィオールは更に声をかける。


「スピカは随分ショックを受けてたみたいです。フォローしてあげてください。僕は、友達の立場からの声掛けしかできなくて……」


 アルデバランの返事は冷たいものだった。


「私達親子の問題だ。君には関係ないだろう」


 あまりに冷たい物言いに、アヴィオールは眉をひそめる。心臓を逆撫でされるような感覚に、一瞬足が固まった。


「はい、すみません」


 しかし言い返せない。少しだけ開いた距離はそのままに、アヴィオールは足を進める。

 アルデバランは事務的に口を開いた。


「早めに帰りなさい。スピカを待つ必要はない」


「え?」


 アヴィオールは驚いた。


「いや、でもスピカのこと」


「聞こえなかったか。君には関係のないことだ」


 アルデバランは立ち止まり、アヴィオールを見下ろす。決して大柄とは言えないが、かなり身長の高い男性だ。アヴィオールは少しばかり怯えた。

 アルデバランは目を細める。その目は鋭く、少年の体を射抜いてしまいそうだ。


「ここまで連れて来てくれたことには感謝しよう。だが、君は外部の者だ。あまり、スピカに馴れ合わないでくれないか」


 身勝手な言い分に、アヴィオールの腹の中でふつふつと怒りが沸き起こる。だが、何も言えない。心の内を言葉にすれば、不敬罪で訴えられかねない。


「勝手すぎませんか」


 やっとのことで言えた言葉は、それであった。だがアルデバランはそれを気にすることなく、再び前を向き歩き始めた。


「君の為でもある。

 学校を休んでいるのだろう? 授業に置いていかれるぞ」


 アヴィオールは更に距離を離すが、仕方なく着いて行く。


「舐めないでください。僕、頭は悪くないんですよ」


 アルデバランは、アヴィオールの言葉を鼻で笑う。


「そうは見えないがな。

 牡牛にここまで口答えする子供は、君が初めてだ」


「失礼ですが」


 アヴィオールは深く息を吸った。緊張から唇が乾く。先程から感じている不快感を、なるべく柔らかな言葉にしようと考える。しかし、考えた末に出たのは、


「あなたが一方的に僕を嫌ってるだけですよね?」


 この言葉だった。


「ああ、なるほど。確かに馬鹿ではないようだね」


 アルデバランは声に出して笑う。しかし、アヴィオールを振り返る流し目は、少しも笑っていない。


「いやなに、気にしないでくれ。どうせ顔を合わせるのもあと数日だ」


 その目から逃れようと、アヴィオールは視線を逸らす。アヴィオール自身もアルデバランに不信感があったが、アルデバランが見せつける嫌悪は、それ以上のものであった。

 嫌われる理由がわからなくて、ただ困惑する。気にするな等、無理な話だ。


「そうだ。明後日の夜はパーティーの予定なんだ」


 アヴィオールは、アルデバランの後頭部に視線を戻す。考えるまでもなく、スピカのためのパーティーだなと理解した。


「私のお古でよければ、衣装を貸そう」


 アルデバランの意図がわからない。ただ良い格好をしたいだけなのだろうが、嫌う相手に物を貸すなど、理解しがたい。拒否したいが、断る理由が思いつかない。


「どうも……」


 その一言しか言えなかった。

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