惑い廻る君と僕(4)

 カペラはハラハラしながらアルファルドの顔を見上げていた。アルファルドは怒りと困惑がない交ぜで、誰に向けるわけでもない悪態を口にする。

 クリスティーナの時計屋で、この夜を過ごすことにしたものの、酷い焦りのため休めそうにない。クリスティーナから出されたカフェオレにも手をつけられない。ただ椅子に座り机に肘をついて、貧乏揺すりしていた。机が揺れる度、コーヒーカップは音を立てる。


「貧乏揺すりなんて、みっともないわ」


 クリスティーナに返事をできない程、アルファルドは苛立っている。

 カペラはフラッペをひたすら飲みながら、友人の姿を探していた。


「レグルスはいないですか?」


 クリスティーナは盆を抱え、空いた手を頬にそえる。そして深くため息をついた。


「あなた達が来るちょっと前にね、逃げ出すように消えちゃったのよ。きっと宮殿に向かったんだと思うわ」


 アルファルドは机を叩く。カフェオレが激しく波打ち、テーブルクロスに染みを作った。


「何故止めなかったんですか」


 冷静を意識した声のようだが、怒りは隠しきれていない。クリスティーナは肩を落とす。自分の失敗を悔いるように。


「ごめんなさい。ここまで上手く逃げるとは思ってなかったのよ。子供だからって油断してたわ」


「レグルスはずる賢いからー」


 カペラは間延びした声を出す。この緊張感にはあまりに不釣り合いだ。誰もカペラを責めないが、かえってそれが彼女の胸を掻く。すぐに口を閉じると、フラッペをまた少しずつ飲みだした。居心地が悪い。飲んでいるフラッペに甘さが感じられず、喉奥に流れていかない。


「明日、宮殿に行く」


 アルファルドが唐突に呟いた。しかしクリスティーナは眉を寄せる。


「あなたが宮殿に出入りしてたのは、もう十何年も前の話よ。失踪した賢者なんて、入らせて貰えないはず」


「だがスピカを継承させたら、エルアの二の舞になりかねない!」


 カペラはまるで話について行けない。

 そもそもスピカが家出したこと自体、列車の中でアルファルドに教えられて初めて知ったのだ。クラウディオスに来る用事があったためついて来たが、スピカとアルファルドの親子喧嘩に巻き込まれる等、想定外であった。

 そもそも何故彼らは、スピカが宮殿に行ったと断言しているのか。


「なんでパパさんは、スピカを宮殿に行かせたくないんですか? それに、継承って……まるでスピカが賢者になれるみたいな……」


 アルファルドは深くため息をつく。これ以上隠しておけそうにない。


「スピカは、13の大賢人の血筋だ。それも、今席空きのあの地位だ」


 カペラは唖然とする。力が抜けた手からフラッペが落ち、足元の絨毯じゅうたんに溶けて広がった。

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