私の希望的観測(4)

 スピカは駅ホームのベンチに腰掛け、ぼんやりと線路を見ていた。赤く腫れた目からは、もう涙は出てこない。

 きっとアヴィオールに寄りかかりすぎていたのだと、そう思う。自分の都合に、彼を巻き込みすぎていた。

 彼を不快にさせたのではないか。帰って来た時には温かく迎えてくれるだろうか。それとも……

 不安ばかりが頭の中でひしめき合う。嫌な考えを振り切るべく、強く頭を振った。黒髪が大きく揺れる。

 視線を外し、手元の時刻表を見る。改札で貰った紙製の時刻表。最も早い便は、五分後に到着する特急列車だが、それに乗るには金が足りない。スピカが乗る普通列車は、あと三十分後だ。


「喉渇いたな」


 呟いて、リュックサックから財布を取り出した。重い荷物は一旦ベンチに置いておき、財布だけ持って売店へ向かう。紙パックに入ったブドウジュースを選び、店員に代金を支払った。


「お嬢ちゃん、旅行かい?」


 店員に問われ、スピカは微笑む。質問に答えるのが億劫おっくうだった。

 背後から、列車到着を知らせる笛の音が聞こえてきた。スピカは、紙パックにストローを刺しながら振り返る。どうやら、特急列車がホームに入ったらしい。深緑の車体が黄色の煙を纏い、やがて停車すると、駅員がホイッスルを吹いた。

 ブドウジュースを飲みながらそれを見ていると、


「スピカ! 早く乗ってー!」


 突然自分を呼ぶ声が聞こえ、ストローから口を離し顔を動かす。

 アヴィオールが、こちらに向かって走ってくる。驚いて動けないスピカの腕を、アヴィオールは掴んで引っ張った。そのまま、特急列車の中に引き入れる。

 スピカは勢い余って、アヴィオールの背中にぶつかった。サンドイッチのように重なる二人。蛙のような声を出しながら、アヴィオールは列車の床に大の字になった。


「アヴィ、ごめんなさい!」


 スピカはすぐに立ち上がり、アヴィオールに手を差し出す。アヴィオールは照れ笑いしながらスピカの手と自分の手を重ねた。


「二人とも大丈夫か?」


 そこへ、レグルスが駆け足で乗り込んで来る。肩には、レグルス自身のショルダーバッグと、スピカのリュックサックを担いでいた。


「二人とも……どうして?」


 スピカは呟く。アヴィオールは彼女の正面に立ち頭を下げた。


「僕も連れてって」


 勇気を振り絞り、声に出す。いまだに戸惑い気味のスピカは、首を傾げて言葉をもらす。


「私に無理に付き合わなくてもいいのよ?」


「違うんだ」


 それをアヴィオールがかき消した。


「確かに迷った。本当にごめん。でも、レグルスに言われて気付いたんだ。最初から僕は君と一緒にいたくて、君の手助けをしたいんだ。だから、これは僕からのお願い。

 といっても、断られても着いていく気でいるけど」


 スピカはレグルスを見る。アヴィオールの言葉にどう答えたら良いかわからなかった。するとレグルスは、アヴィオールの頭を茶化すように押さえつけながらニヤニヤ笑う。


「連れてってやればいいじゃん。役に立つかもしれないし」


「重いって。手どけてよ」


「それに」


 レグルスは、今度はアヴィオールの肩に触れる。


「俺も着いてく。一人より、二人より、人数多い方が心強いだろ」


 アヴィオールは顔をあげて、頬を掻きながらはにかんだ。その2人の姿が、にじんで揺れる。スピカの瞳から涙が溢れていた。


「な、泣かないでよ、スピカ」


「だって……だって……」


 スピカの涙は止まらない。しかしそれが嬉し涙だと、アヴィオールもレグルスもすぐに気付いた。何故なら、スピカの顔は晴れやかに笑っていたから。

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