明滅に伸ばす掌(5)

 食事時とあって、町のレストランは混雑している。

 厨房から聞こえる調理の音、客がウェイターを呼び止める声、ウェイターが皿を運ぶ音。

 その音の海の中、スピカは気だるさに耐えかねて背もたれにぐったりと寄りかかっていた。


「あのジジイ……今に見てろよ……」


 アヴィオールは怒っていた。恨み言を呟きながら、クリームソーダにアイスを沈める。途端にソーダが泡立ち溢れ、慌ててストローをくわえソーダを吸い上げる。


「あんまり怒らないであげて」


 ファミラナの言葉を聞いて、アヴィオールはギロリと彼女を睨んだ。ファミラナは小さく息を飲む。


「アヴィ、ファミラナは悪くないよ」


「でも、あのジジイは許せないよ」


 スピカの弱々しい声に、アヴィオールは言い返す。ファミラナは「ごめんなさい」を繰り返し、しかしタラゼドを庇う姿勢は崩さない。


「いつもはね、あの術、あんな風には使わないの。女の子にちょっかい出すにしても、ボディタッチがやらしいだけで……」


「やっぱり変態じゃないか!」


「ごめんなさいごめんなさい、確かにあの人変態なんだけどっ」


 ファミラナは一口紅茶を飲むと、ホッと息を吐き出して言葉を続ける。


「普段はね、親を亡くしたり、人身売買や売春とかいったひどい目にあった子を引き取って、使用人として働かせてるの。あの屋敷にいた子達は、タラゼドお爺様を信頼して、自ら望んで仕事をしてるのよ。

 術を使うのも、主に悪い大人に対してだけ。あんな風に、女の子に使うのはごく稀なの」


 ファミラナは戸惑いを隠せないようだった。タラゼドの行動は、彼女にとっては理解できないイレギュラーだったようだ。

 だがその場面しか見ていないアヴィオールにとっては信用できない話だ。


「でも、スピカをおとしいれようとしたのは事実だよ。何か悪いこと考えてたとしか思えない」


「それは……そうだけど……」


「お待たせしました」


 グルルのウェイターが声をかけてくる。二人が話しているうちに、三人分の料理が運ばれてきたのだ。

 ビーフステーキはアヴィオールに。ビーフシチューはファミラナに。そしてスピカにはムサカが配られた。ウェイターは一礼して去っていく。


「ムサカなんていつでも食べられるじゃん?」


「調子悪いから食べ慣れたのがいいかなって」


 スピカはムサカを小さく切り分け、一口食べる。


「それで、どうするの?」


 ファミラナに問われ、スピカは首を傾げた。まだ頭の回転は鈍いらしい。ファミラナは再度問いかける。


「宮殿、行くの?」


「ていうか、行けるの?」


 アヴィオールがこぼした言葉に一同黙りこむ。

 宮殿に行ったとして、何をするべきかわからない。そもそも宮殿に入れるかどうかもわからないが……


「アルフに相談してみる」


 スピカの発言に、アヴィオールは目を丸くした。


「今日のこと言うの?怒られちゃうよ!」


「大丈夫よ。一人で行ったことにするわ」


「そういうことじゃないよ!」


 スピカはにこりと微笑んで、アヴィオールに語った。


「大丈夫よ。アルフもわかってくれる。それに、私、お父さんに大事なこと内緒のままにしたくないから」


 アヴィオールは何も言えない。目を伏せると、一度だけ頷いた。

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