流れて落ちて消えて(3)

「じゃあね」


「また明日」


 教室に沢山の声が飛び交う。下校時間になり、クラスメイト達は各々、部活に向かったり帰宅の準備をしたりしていた。スピカは寄る部活もなく、ボストンバッグに教科書を詰め込んでいる。

 隣の席でも、アヴィオールが同じように帰宅準備をしている。顔はショルダーバッグを見下ろし、スピカには一瞥もなく黙々と。

 スピカは勇気を出して、アヴィオールに声をかけた。


「アヴィ、一緒に帰りましょ?」


 アヴィオールが顔を上げる。声をかけられることを期待していたのだろう。瞳が一瞬煌めくが、しかし彼はすぐに目を伏せた。


「一人で帰るよ」


「昨日のこと、気にしてるの?」


 スピカの問いに、アヴィオールの肩がびくんと跳ねる。スピカの言うとおりだ。


「気にするなって言う方が難しいでしょ」


 帰宅準備が整い、アヴィオールは鞄を肩にかける。そしてスピカに背を向けた。

 その態度が気に入らなくて、スピカはムッとした。素早くアヴィオールの正面に回り込み、彼の顔を見つめる。

 アヴィオールは泣いていた。


「僕のせいで、スピカは倒れたんだよ。今までにないくらい、酷い発作を起こして」


 嗚咽は漏らさず、しかし伏せた目からは涙がにじんでこぼれていく。静かに泣くアヴィオールを見て、スピカは心臓が抉られたような痛みを感じた。

 スピカの体を案じて、敢えてスピカから離れるという選択をしたアヴィオールを否定するなど、スピカにはできない。しかし、それをアヴィオールと疎遠になる理由にはしたくない。

 何故なら、彼に助けられたから。


「アヴィは私を助けてくれたのよ。あのままだと私、瓦礫に潰されてたわ。だからアヴィは悪くないし、私が倒れたのもアヴィのせいだと思わないわ」


 スピカのキッパリとした主張に、アヴィオールは目を見開く。少しの驚きを浮かべた彼に、スピカは続けて言った。


「私はアヴィと一緒にいたいの。他の友達を作るのも魅力的だけど、新しい友達をアヴィの代わりにするなんて嫌。だから、もう一度、私と友達になってくれないかしら」


 アヴィオールは一瞬呆気に取られ、しかしすぐに頷いた。何度も何度も。


「スピカ、ごめんね。次は気を付ける。あと、無視してごめん……僕も、どうしたらいいかわかんなくて……」


 アヴィオールは声に出して泣き出した。その女々しい声にスピカはびっくり。思わず周りを見回すと、クラスメイト達にジッと見られていた。


「もー! 泣き止んでちょーだいっ」


 スピカはポケットからハンカチを取り出し、無理矢理擦り付けるようにしてアヴィオールの涙を拭った。


「あ、あの……」


 そこへ少女が声をかける。スピカが声のする方へ目を向けると、そこにカペラとレグルスがいた。二人もやはり、スピカに近付くのは遠慮していたのだ。

 カペラは両手を握り合わせ、顔を伏せ言葉をもらす。


「私も、スピカと友達じゃなくなるのは嫌です」


 その後ろで、レグルスはバツが悪そうに頬を掻く。


「俺もガキすぎた。元はと言えば俺のせいだ。悪かった」


 レグルスは謝罪する。涙がようやく止まったアヴィオールは彼を非難した。


「そうだよ! そもそもレグルスがカペラに突っ掛かって来なきゃよかったんじゃないか!」


「わかってる。自覚してんだよ! だから謝ってんだろうが!」


 いつもと同じアヴィオールとレグルスの口喧嘩に、スピカとカペラはほっとしながらも笑い合った。

 クラスメイト達は、一人、また一人と教室を後にする。やがてスピカ達四人だけが残された。その頃には、アヴィオールもレグルスも相手に浴びせる言葉が尽きたようだ。睨み合うものの暴言はなくなった。


「今から何処か遊びに行きたいわね」


 スピカはみんなと仲直りできたのが嬉しくて、手を合わせて言う。皆それに賛成だった。


「なら、この前の約束通りに! 銀河鉄道に乗りましょう」


 カペラが片手で拳を作り、突き上げる。スピカもアヴィオールも、いいね! と頷いた。だが、約束をした当時レグルスは立ち合っていなかったため首を傾げて問いかける。


「銀河鉄道に?」


「ええ。カペラの友達に会いに行くのよ」


「カペラの友達、駅員なんだって」


 レグルスは納得し、それと同時に高揚してきたらしく顔いっぱいに笑みを広げた。


「いいじゃん! じゃあ、俺もついて行くぜ!」


「じゃあ四人で行きましょう!」


 カペラの号令に、皆拳を突き上げた。

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