流れて落ちて消えて(2)

 昼休憩、スピカは、クラスメイトに囲まれて質問攻めされていた。皆、スピカとアヴィオールの様子を見て心配していたようだ。

 

「スピカ、昨日倒れたんでしょ? 何があったの?」

 

 女子生徒の一人に訊かれ、スピカは首を振る。輝術を受け付けない体質だと皆に知られたくなくて、さらりと嘘をついた。

 

「貧血起こしたみたいなの。瓦礫が当たりそうになって、びっくりしちゃって」

 

 皆その嘘を疑わず相槌を打つ。

 また別の女子生徒が、スピカに質問を投げ掛けた。

 

「アヴィと何かあったの? 喧嘩だとしても、いつもなら言い争いするじゃない。一切話さないなんて、スピカ達らしくないよ?」

 

 スピカは言葉に詰まる。どう答えるべきか迷ったからだ。視線を泳がせ、両手は指先を合わせて、そわそわと落ち着かず指を遊ばせた。

 アヴィオールとの仲の良さは同学年の間ではかなり有名で、スピカもそれを自覚していた。だからこそ、言葉を迷う。


「それが、ほんとに喧嘩……しちゃったのよね……」

 

 スピカの歯切れの悪さに一同疑問を顔に浮かべる。

 

「じゃあ、あんたら別れちゃったんだ?」

 

 その問いにスピカは即座に反応する。

 

「お、幼なじみよ、私とアヴィは。まだ付き合ってないわ」

 

 そう言うスピカの頬は赤みを帯びている。クラスメイト達はその反応を見て、くすりと笑った。

 

「なーんだ。じゃあ私、アヴィと付き合っちゃおうかなー」


「アヴィと? リリカってば、アヴィのこと好きだったの?」

 

「顔もまあまあだし、勉強だってできるじゃない? 私的にはアリ」

 

「それなら早く告りなよ」

 

 クラスメイト達は、スピカの反応をちらちらと見ながら話す。

 スピカには、彼女らの話が自分を急き立てるための芝居だと気づいた。しかし、心の底で「芝居じゃなかったら?」と思ってしまった。ざわざわと心臓が脈打ち、不安が頭を埋め尽くす。

 その時、休憩の終わりを告げるチャイムが鳴った。天文学の教師が教室に入り、声をかける。

 

「みんな席につけ。授業は始まってるぞ」

 

 クラスメイトは席に戻り、スピカは鞄の中から天文学の教科書を取り出した。


「ごめんなさい! 遅れました!」

 

 勢いよく扉が開き、アヴィオールが教室に入ってくる。図書室にでも行っていたのだろう。二冊の本を片手で抱えていた。

 

「早く席につきなさい」

 

 教師に言われ、アヴィオールは早足に自席に向かう。スピカの隣の席に腰掛け、借りてきた本を鞄へ詰め込んだ。

 いつもなら、ばつの悪さを取り繕うために悪戯っぽく笑うはずなのだ。今日のアヴィオールは、そんな表情が全く見られない。

 

「今日は、先週の続きからだな。星と我々人類は、強い関係で結ばれている。その関係とは何か。わかるやつは手をあげろー」

 

 この日の授業は基本中の基本。多くの生徒が質問に答えようと手をあげている。

 

「はい、スチュワート」

 

「人類は、神が転がした宝石に、強い星の光を受けたことで生まれたと伝えられているからです」

 

「その通り。古代は今より星がずっと地上に近かったんだ。であるから……」

 

 教師が黒板に向かい、授業内容を黒板に書き始める。スピカはその隙を見計らい、アヴィオールに顔を向け、声をかけた。無論、小声だ。

 

「アヴィ、何の本借りたの?」

 

 話すきっかけが欲しくて、彼がしまい込んだ本を話題に出す。だがアヴィオールは何も言わない。スピカを横目で見て、鞄から本を引っ張り、タイトルだけ彼女に見せる。「光と歩んだ賢者の軌跡」という歴史書と、「オデュッセイア」という小説だった。

 アヴィオールのつれない態度に、スピカの心がざわつく。しかし、心境を悟られるまいと固い笑顔を貼り付けた。


「面白そうね。次、私に貸して頂戴?」


 なるべく明るく話そうと努力するスピカだが、アヴィオールは困惑の表情を浮かべてしまう。そして、ようやく出した言葉は、


「授業受けなよ。お喋りなんて、君らしくもない」


 だった。

 スピカは笑顔のまま……顔を強張らせたまま……


「そうね。ごめんね」


 それだけ呟いた。

 顔を黒板に向ける。黒板の文字が歪んで揺れる。熱くなった目を閉じると、涙を堪えて再び目を開く。

 今は授業中なのだから仕方ない。そう言い聞かせた。

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