流れて落ちて消えて
流れて落ちて消えて(1)
スピカは怒っていた。冷静を保っていられないほど怒っていた。
自室の中を時計が飛び交う。スピカが手当り次第に置時計をアルファルドに投げつけている。アルファルドはクッションを盾にして攻撃を防ぐ。床に落ちた時計は壊れ、中からバネやネジが飛び出していた。
「スピカ、すまなかった! とりあえず落ち着け!」
アルファルドはスピカを宥めるべく声をかける。しかしスピカの攻撃は止まらない。手元の時計がなくなると、今度はぬいぐるみに手を伸ばす。アルファルドはクッションを離すとスピカに近付き、振りかぶる彼女の手首を握った。
「すまん、スピカ」
アルファルドの謝罪は、スピカには届かない。スピカは泣いていた。涙が次から次に溢れては、頬も床も濡らしていく。
「なんでアヴィにそんなこと言うの! 賢者だから仲良くしちゃいけないだなんて、意味がわからないわ!」
スピカは倒れてから一向に目を覚まさなかった。今朝目を覚まして、アルファルドから話を聞き、そして今、泣きながら怒っている。
「酷いわ! アルフなんて大嫌い!」
「でも、お前の体は輝術を受け付けないんだ。昨日は大変だったんだぞ」
「知らないもん! アルフのわからず屋!」
「いい加減にしなさい!」
アルファルドの怒声にスピカは驚いた。流していた涙はぴたりと止まる。
「お前もわかっているだろう。賢者に近付くのが、お前自身にとってどんなに危険か。
友達はまた作ればいい。だけどな、お前が死んだりなんかしたらどうするんだ」
アルファルドはスピカの肩を揺さぶりながら言う。しかし、この言葉でスピカを説得できたとは思っていない。
案の定、スピカは黙って首を振った。
アルファルドはスピカから手を離す。そして立ち上がり、床に散らばった時計の残骸を片付け始める。
「今日の学校は休め。いいな」
「…………嫌よ」
アルファルドの言いつけを守る気など、スピカにはなかった。既に制服には着替えていたため、黙って髪を結い鞄を持つ。
「学校には休むこと言ってるぞ」
「だからって行っちゃいけないわけじゃないでしょ」
スピカは呟き、早足に部屋を出る。アルファルドはそれを見て頭を掻いた。
スピカは店先に出て、アヴィオールがいつも通り迎えに来ていないかを確認する。しかしそこには誰もおらず、ただ川が流れているだけだ。
ホームルームまであまり時間はない。スピカは一人で学校へ向かうことにした。
スピカは昨日のことを思い出しながら通学路を歩く。カペラがレグルスと輝術を見せ合い、巻き込まれて怪我をしそうになった自分を、アヴィオールが助けた。結果として自分が倒れたとしても、アヴィオールは恩人だ。アルファルドが怒るような理由などないだろう。スピカはそう、自分に都合よく考える。
しかし、自分に欠陥があるためにアルファルドが心配しているのも事実。
自己嫌悪し、ため息をつく。
「また会ったね」
聞き覚えのある声に、スピカは顔をあげる。そこにいたのは、先日会った男、アルデバランだった。
スピカは、自分がいつの間にか校門前に着いていたことに気付く。考え事に気を取られ、何処を歩いてきたかよく覚えていなかった。
スピカの後ろを、学生たちが早足に歩いて行く。そろそろチャイムが鳴る頃だろう。
「この前一緒にいたお友達は? 今日は一人かい?」
スピカは泣きそうになるのを堪え、唇をきつく結ぶ。彼女の顔を見たアルデバランは、スーツの内ポケットから棒つきキャンディを取り出した。
「元気だして」
差し出された棒つきキャンディを見て、スピカは眉を寄せた。
「お菓子で釣られるほど子供じゃないの」
「そんなつもりはないよ。甘いものは人を元気にするだろう?」
スピカはいぶかしむものの、棒つきキャンディを受け取った。
「飴あげるからついておいでとか、そんなこと言わないでしょうね?」
「言わない言わない。むしろ、これから帰るところだよ」
アルデバランはそう言うと踵を返した。そして、顔だけスピカを振り返り、小さく手を振った。
「じゃあな、スピカ」
「ええ。さよなら」
スピカもつられて片手を振る。
去っていくアルデバランの背中を見つめ、スピカは首を傾げる。不審者にしか見えない行動だが、嫌悪感はなかった。
「そういえば、私スピカって名乗ったかしら……」
確かにアルデバランは、先程スピカの名を呼んだ。しかし、前回会った際にアヴィオールがそう紹介したかもしれない。そう考え、あまり気にしなかった。
スピカは早足に学校へと入る。ホームルームまで時間がない。階段を上がっているうちに、チャイムが鳴り始めた。
教室に入ると、クラスメイトが一斉に振り返る。昨日、突然倒れてしまったのだ。クラスメイトの反応は当然だろう。ただ、その中でアヴィオールだけは振り返らない。
スピカの席はアヴィオールの隣だ。居心地の悪さを感じながらも、スピカは席に座る。
「おはよう」
スピカは控えめに声をかける。アヴィオールはちらりと目線を向けて会釈し、しかし声は発しなかった。口をぎゅっと結んでいるのは、アルファルドの言葉が原因だろうか。
クラスメイトの好奇の目が痛かった。スピカは背を丸めて縮こまる。
「ホームルーム始めるぞ」
音を立てて扉が開き、担任の男性教師が教室に入ってきた。彼は教壇に立つと、スピカの姿を見つけて目を丸める。
「スピカ、親御さんから休みの連絡があったが、体は大丈夫なのか?」
スピカは担任に顔を向け、黙って頷いた。
「気分が悪くなったらすぐに言えよ」
担任はそう声をかけ、出席簿を開いた。
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