星の賢者と1等星(5)
全ての授業が終わり、生徒達はそれぞれ帰り始める。スピカとアヴィオールは友人達を見送りながら、エントランスのすぐ外でカペラが合流するのを待つ。
クラスメイト達がすれ違い様に、スピカやアヴィオールへ一言かけていく。時折仲の良さを
短距離走のコースが中央に。校庭の端は木々でぐるりと囲まれており、エントランス出口付近には、パンジーやマリーゴールドが植えられた花壇、そして孔雀の飼育小屋がある。
孔雀小屋の近くに行くと、雄の孔雀が尾羽を広げているところで、目玉のようにも見える華美な模様に二人は感嘆する。
手持ち無沙汰だったこともあり、スピカは体育倉庫での出来事をアヴィオールに話した。アヴィオールは正にげんなりといった顔。
「レグルスってば、カペラにそんなこと言ったの?」
「ええ。カペラの辛そうな顔、私、初めて見たわ」
普段からレグルスに対して反発心を持っているアヴィオールは、この時もやはり、苛立ちを隠さなかった。
「カペラが乗り気ならともかく、嫌がってるんでしょ? あーもう、ムカつく!」
「私がどうかしたですか?」
カペラの声が聞こえ、二人は振り返った。カペラは普段通りの人懐っこい微笑を浮かべて、一眼レフのカメラを両手で持っていた。
「カペラ、昼は災難だったんだね」
アヴィオールに言われ、カペラは首を振る。
「レグルスには悪気ないと思うよ。だから私も気にしないことにするんですよ」
スピカはカペラの姿勢に感心する。
「カペラって大人ねえ」
「えへへ。そうですか?」
しかしそこへ、空気を読まずにレグルスの声が割って入った。
「カペラ、俺は諦めてねえぞ」
一同、声のする方へと顔を向けた。半ば呆れていたスピカだが、レグルスを見て目を丸くする。
レグルスは、学生服の上に、見慣れない毛皮のマントを羽織っていたのだ。襟元に
「何、その格好」
アヴィオールが疑問をそのまま投げかける。レグルスはニッと笑みを浮かべ、マントを見せつけるように翻した。だがアヴィオールの言葉に返事はせず、カペラに声をかける。
「何も殴り合いしろって言うんじゃない。ただの輝術のぶつけ合いだ」
いい加減しつこいと感じたらしい。カペラはレグルスを睨み、荷物を地面に下ろした。
「そこまで言うなら、メンドーだけど仕方ないです。
馬引く賢者、我が名はカペラ・アマルティア。流石にしつこいです。一回見せたら帰ってよね」
レグルスは待ってましたとばかりに目を輝かせた。カペラはスピカを振り返り、自分から距離を取るように目線で訴える。
「どうしてもこうなっちゃうのか」
「仕方ないわね」
輝術の光を浴びないよう、スピカとアヴィオールは二人から離れ、花壇の縁に腰掛けて、三人分の荷物を足元に置く。
校庭にいた生徒たちは、カペラとレグルスの言い合いを興味津々といった様子で見ている。立ち止まってじっくりと見ている者もいれば、校庭を横切りながら目線だけ向ける者もいた。
しかし、これから輝術をぶつけ合うのであれば、彼らに危害が及ばないかが気にかかり、カペラとレグルスは二人して声を張り上げ、自分達に近付かないように指示を出す。
「ちょっと離れててくれ!」
「すぐ終わりまーす! ちょっと離れててねー!」
やがて、ある程度人がはけると、二人は校庭の中央へと向かう。十分に互いの距離を離して、向かい合わせに立った。
人がはけたとはいえ、校庭の端には数人の生徒がかたまっている。カペラ達の輝術を見学するつもりでいるようだ。
十分距離は離れていると判断した。カペラはレグルスに声をかける。
「馭者の輝術は、本当に衝撃がきついですよ?」
カペラは宙に手をかざす。光が集まり
カペラは一度、何も無い宙を鞭で叩いた。小さな衝撃波が起こり、バチンと音を立てた。
次の瞬間、踊っていた光は一つに集まり、チャリオットへと姿を変えた。金色の
「レグルス! ちゃんと避けてくださいよ!」
カペラは言うが、レグルスは逃げない。不敵に笑うと、身に纏っていたマントをふわりと翻した。それがチャリオットに触れた瞬間、まるで石の壁が其処にあるかのように、馬車は轟音を立て吹き飛ばされた。金色の馬はその勢いでカペラの頭を飛び越えていく。そして、馭者席もバラバラに砕けてしまい、四方八方に散らばった。
「やっぱり獅子ってすげー!」
レグルスははしゃぎ、声をあげる。
「な、なんですか、その術……」
カペラは唖然としてレグルスを見つめる。
弾き返された術は、形が崩され無効化されてしまう。レグルスの術はそういうものなのだろう。
しかし、チャリオットの質量はそのままで、砕かれた破片は校庭のあちらこちらへと飛散する。巨大馬はカペラが慌てて消し去ったものの、その他は花壇やグラウンドに次々突き刺さる。
見学の生徒達には当たらないものの、彼らの目の前に破片が落下し、辺りに光が激しく飛び散る。
スピカはその様子を見てハラハラとしていた。見学者達は大丈夫だろうかと。教師を呼んだ方がいいのかもしれないと、立ち上がったその時だった。
「スピカ! 危ない!」
アヴィオールが突然声をあげた。
バラバラに砕けた馭者席の破片、そのうちの一つが、スピカの頭上に落ちようとしていた。
「え?」
スピカは彼女の頭ほどの大きさのそれを見上げるが、あまりに突然の出来事に驚くだけで、体が反応しない。動けない。
「っ……!」
アヴィオールは、自分の体が盾になるよう、スピカの体を抱き抱える。そして、瓦礫に指を向け、くるりと円を描いた。
「船を導きし賢者、我が名はアヴィオール!」
次の瞬間、描いた円から白鳩が羽ばたきながら飛び出した。淡い光を放つそれは瓦礫に真っ直ぐ飛んで行き、ぶつかると同時に双方光の粒子となって霧散した。
「アヴィ、賢者なの……?」
スピカは問う。
その時、酷い目眩と悪寒に襲われ、ぐらりと体が傾いた。アヴィオールは、スピカが倒れないようしっかりと抱える。
「スピカ! スピカ!」
アヴィオールはスピカに声をかけた。しかしスピカは意識が
「スピカ! 大丈夫ですか!」
「お、おい。どうしたんだ……?」
カペラは散らばった瓦礫を消しながら駆け足で、レグルスはマントを脱ぎながら、スピカの元へと近づいた。
輝術のぶつかり合いを観覧していた学生達も、ただならぬ雰囲気を感じて、スピカの元へと集まってくる。
アヴィオールはそれに気付き、大事になる前にと、スピカを背負い立ち上がる。
「アヴィ、お前も賢者だったのか」
アヴィオールはレグルスを振り向いて睨み付けた。
「どうでもいいだろ」
その凄んだ声に、レグルスはたじろぐ。アヴィオールはカペラに顔を向けると声をかけた。
「カペラ、スピカの荷物をお願い」
「あ、うん」
カペラは、自分の鞄とスピカの鞄、二人分の荷物を肩にかけた。
アヴィオールはカペラと並んで歩き出す。
「俺も何か……」
手伝う意思を示したレグルスの声を、アヴィオールは無視した。否、気にかける余裕がなかったのだ。
アヴィオールとカペラは、駆け足で学校を後にする。迷わず帰路を進むアヴィオールに、カペラは戸惑い声をかけた。
「病院に行かないんですか!」
しかし、アヴィオールは病院に行くより帰る方が良いと知っていた。
「スピカの体質は、根本的な原因が医学的にもわかってないんだって。病院に行ったところで検査に時間がかかるだけだ。なら、応急措置ができるアルフに診てもらうのがずっと早い!」
スピカの体が重く背中にのし掛かる。意識が無くなったらしい。
「僕のせいだ……僕が安易に輝術を使ったから……」
アヴィオールは泣きたい気持ちを無理に飲み込み、それから約五分ひた走る。スピカの家に着く頃には息も絶え絶えだった。
カペラは時計屋の扉を押し開ける。備え付けられたベルが鳴ると、店のカウンターで時計を弄っていたアルファルドが顔をあげた。
お帰りと言いかけたアルファルドの顔に、驚愕と焦りが浮かぶ。
「スピカ!」
アヴィオールに駆け寄り、彼の背中に背負われたスピカを抱き上げた。意識を無くした彼女を見ながら、アルファルドはアヴィオールに問いかける。
「また、輝術に触れたのか?」
アヴィオールは頷くが、何が起こったか話せない。
アルファルドは困惑しながらも、店の奥にある長椅子にスピカを横たわらせる。Yシャツの胸ポケットから小さな小瓶を取り出すと、スピカの頭を起こして小瓶を彼女の口にあてがう。
小瓶の中には赤紫の液体が入っている。それをスピカに飲ませたのだ。
「薬ですか?」
カペラは問いかける。アルファルドは顔をあげると首を振った。
「いや。スピカのこれは原因が不明だから、薬のようなものは作れないんだ。だが、これを飲ませたら緩和されるようだから」
薬を飲んだスピカは、心なしか血色が良くなったように見える。アヴィオールは胸を撫で下ろした。
「それで、何があったんだ」
アルファルドはアヴィオールに尋ねる。それはただ回答を求める言葉だったが、アヴィオールは責められているように感じてしまう。
「僕のせいなんだ」
震える声でアヴィオールは呟く。
「黙っててごめんなさい。僕、アルゴ船の賢者なんだ」
アルファルドは目を見開く。スピカからはそのような話を全く聞いていなかった。だから、アヴィオールが賢者であるとは考えもしていなかった。
それもそのはず。アヴィオールもまた、自分が賢者であることは話していなかったのだ。
「スピカと友達なんだから、これは黙ってなくちゃって思ってたんだ。だけど、こんなことになった……」
カペラは黙っていられず口を挟む。
「アヴィのせいじゃないです。私も……私は馭者の賢者で、他の賢者から輝術を見せるように言われて……そのせいでスピカが怪我しそうになったから、アヴィは輝術でスピカが怪我しないように守ってて……」
しかし、結果としてスピカは倒れてしまった。カペラの擁護は言い訳にしかならない。
二人の態度と顔を見れば、悪気がなかったことは理解できる。しかし、二人が賢者であるのならスピカに近付いてほしくないと、そう思ってしまった。
アルファルドは首を振る。
「すまないが、スピカにはもう関わらないでくれ」
アヴィオールは頭が真っ白になった。
「え……」
「明日からはスピカを迎えに来なくていい」
「そんな」
アヴィオールは返す言葉が思い付かず、ただ立ち尽くすだけ。それを見たカペラはアルファルドに食い付いた。
「何でですか! スピカがアヴィを嫌うなら仕方ないけど、お父さんの勝手でそんなこと言うなんて酷い!」
アルファルドはうつむく。だが。
「自分には、スピカを守る義務がある。賢者に囲まれている今の状況は、スピカには危険なんだ。
スピカと仲良くしてくれるのは嬉しかった。だが、賢者とわかれば別だ」
あまりに理不尽で差別的な言葉に、カペラは
アヴィオールは何も言わず、ふらふらと時計屋を出ていく。カペラは慌ててアヴィオールの後を追う。
アルファルドは2人を一瞥することなく、ただうつむいていた。
「スピカ、ごめんな。でもお前のためなんだ」
スピカの前髪を撫でる。スピカはくすぐったそうに眉間を寄せた。
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