星の賢者と1等星(2)

 一時限目が始まり、スピカは教科書を開いた。歴史は特に好きな科目であった。まるで物語を読んでいるようで、いつもワクワクさせられる。

 今日も歴史専門の教師が、白くなりかけた髪をかき上げて、黒板に白く文字を連ねる。

 今日の授業範囲は、古代百年戦争と呼ばれる、この世界の礎となった世界戦争の話であった。


「我々人類は、すべての種族が力を合わせ、竜の一族に立ち向かっていったのです。ヒトも、サテュロスも、ニンフも、ケンタウルスも。

 やがて、大賢神だいけんじんユピテウスが竜の王を討ち取り、竜の一族は雲の奥へと消えていったと言われています」


 竜の一族との大戦争。神話時代の話であるため、真偽はわからない。しかし、わからないからこそ好奇心を擽られる。スピカはノートを取ることも忘れ、教師の話に夢中になっていた。

 それは隣に座るアヴィオールも同様で、話に没頭するあまりノートの書き込みは中途半端だ。


「この大戦争の結果、人類が手に入れたものは何か。ヒュダリウムさん。わかりますか?」


 スピカは黒板の文字を目で追い、頭の中で戦争風景を思い描く。自分がもし百年戦争の時代に生まれていたら、どのような役回りだったのだろうかと。


「スピカ・ヒュダリウムさん!」


 スピカはハッとして教師の白髪頭を見た。名指しをされていたことに気づかなかったのだ。


「あ、あの、すみません……」


「全く……君なら答えられるだろうに、またボーッとしていたのか。

 戦争の結果、人類が手に入れたものは?」


 スピカはポンと手を打って立ち上がる。そして、昨晩就寝前に予習していた内容を口にした。


「竜の一族が所有していた土地全てを、人類のものとしました。そして、長年虐げられていたために失っていた信仰と自由を取り戻しました」


 教師は、スピカの完璧な回答に満足したようだ。スピカを座らせると、次は同じようにぼんやりしているアヴィオールを名指しする。


「では、その土地は人類にどのように扱われたのでしょうか。アヴィオール・リブレ君、起きていますか?」


 アヴィオールは肩をびくつかせた。キョロキョロと辺りを見回すと、少し考えて口を開く。


「八十八の土地に分けて、それぞれを戦争で活躍した戦士に分け与えたんだよね。それで戦士たちは領土を守る賢者けんじゃとして知られるようになった。

 特に功績をあげた、牡牛おうしの一族を始めとする13人の賢者けんじゃたちは、各自の土地だけではなく地上全土の守り手でもあって、その輝術きじゅつと輝きをもって、地上に降り注ぐ光の均衡をたもっている……んですよね?」


 教師はそこでため息をつく。感嘆と呆れが混ざった、細く長い溜息だ。


「そこまで勉強する気があるなら、二人ともボーッとするな」


 スピカは笑って取り繕い、アヴィオールはおどけて舌を出す。クラスメイト達は、完璧な回答に驚いたり、二人の態度に呆れたりと、反応は様々であった。


「優等生アピールかよ」


 アヴィオールの後ろで呟き声が聞こえた。振り返ると、獅子ししのような癖のあるプラチナブロンドヘアの少年が、片肘をついていた。


「なんだよ、レグルス。知ってること言って何が悪いのさ」


 アヴィオールは着席しながら、その少年レグルスに声をかける。気分を害したアヴィオールの顔はやや険しく、目尻が吊り上がっている。

 だが、レグルスも機嫌が悪いらしい。アヴィオールの言葉に応戦した。


「感じ悪いんだよ。サボッてんのかと思えば生意気に正解しやがって。いい子ちゃんして授業受けてりゃいいのによ」


「そういう君も、ノートが落書きで埋まってるけど?」


 見れば、レグルスのノートはまともに黒板を写せておらず、それどころかミミズが這ったような線ばかり書かれている。

 アヴィオールはぽつりとつぶやく。


「ていうか、寝てた?」


「仕方ねーだろ。昨日寝てないんだから」


「ふうん」


「おい、今バカにしただろ」


「なんでだよ」


 スピカはしばらく二人の喧嘩をハラハラしながら見ていたが、それとは別の鋭い視線を感じて顔を引き攣らせた。


「アヴィ、先生が見てる」


 こそりとアヴィオールに耳打ちするが、もう遅い。アヴィオールが振り返ったころには、教師がすぐ近くまで来ていた。


「やば」


 教師に睨まれたかと思うと、分厚い教科書の背表紙が、鈍い音を立ててアヴィオールの脳天に落ちた。続けてレグルスの頭にも。


「続けますよ」


 痛みに悶絶する男子生徒二人から目をそらし、教師は再び授業に戻る。


「いったー……」


「くそ……覚えてろよ……」


 痛みに頭を抱え授業どころではない二人。スピカは呆れて肩を落とした。

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