星の賢者と1等星(3)

 放課後の鐘が鳴り、スピカはアヴィオールと共に帰路につく。校門を抜け、傾いてきた日差しを顔に浴びながら、スピカは眩しさに目を細める。

 アヴィオールはレグルスとの喧嘩をまだ引きずっているらしく、すこぶる機嫌が悪かった。


「僕、レグルスを馬鹿にしたこともないし、手を出したこともない。なのに何で、いつもいつも僕に突っかかってくるんだよ。ほんと、意味がわからないよ」


 スピカはアヴィオールの愚痴を、相槌を打ち聞いていた。アヴィオールが満足するまで、吐き出してもらうつもりでいた。

 しかしアヴィオールが求めている反応は違うもので、スピカの相槌に満足していないらしい。


「スピカはどう思う?」


「え? 私?」


 突然問われ、スピカは間の抜けた声を出す。


「心当たりない? レグルスが僕を嫌う理由」


「心当たりって、そうね……」


 ううんと唸り、しばらく考える。答えは出ない。当然だ。実際、レグルスに対して、アヴィオールから意地悪をしたことはない。それどころか、入学当時は友好的に接しようと心掛けていたのを、スピカは覚えている。それでも彼ら二人は仲が悪いのだ。

 時間をかけ絞りだすようにして、スピカは考えを述べる。


「多分だけど、レグルスの性格じゃない? ほら、アヴィとは逆な性格だし。お互いに反発してるのかも」


「それって、僕も悪いってこと?」


「喧嘩を買う時点で、どっちもどっちよ」


 痛いところを突かれたとばかりに、アヴィオールは項垂れる。


「確かにそうだ。穏便に返せない僕も悪いよね」


 反省し始めているアヴィオールの手を、スピカは握る。


「それよりも、ほら!」


 そして、指さした。

 いつもの通学路を歩いているうちに、本日の寄り道先に着いた。


「着いたわよ、ポップクリームガーデン!」


 指さす先にあるのは、カラフルな看板を掲げたワゴンだ。石畳の広場の隅にあるそれは、ほんの数日前から開店したアイスクリームの店、『ポップクリームガーデン』である。ワゴンでの屋外販売という、ダクティロスでは珍しい店構えで、口コミによりたちまち有名となった。開店当日から老若男女が長蛇の列を作っており、この日もそうだった。


「はやく並びましょ。売り切れちゃうわ」


 スピカはアヴィオールの手を引っ張り、行列の最後尾に並んだ。アヴィオールと顔を見合わせて、アイスの種類に想像を膨らませる。


「やっぱりバニラは外せないよね。あ、でもチョコも食べたいな」


「せっかくだし、お店オリジナルの味があれば食べてみたいの。チーズケーキとか、珍しい味」


 話している間にも行列は前へと進む。やがてスピカにも従業員の姿がはっきりと見えてきた。青いストライプのエプロンを着た、二人の女性店員と一人の男性店員が、愛想の良い笑顔でテキパキとアイスを売っている。

 その矢先だ。女性店員のうち一人が、アイスを見て慌て始めた。


「大変! 少々お待ちください!」


 女性店員の声に、客たちはざわつく。スピカとアヴィオールは、店員の手元が見える位置まで進み、背伸びした。

 店員は冷凍庫の蓋を閉め、スイッチやダイヤルを操作する。どうやら冷凍庫の調子が悪いらしい。アイスクリームを売る商売でこの事態、かなり致命的だ。


「オーナー……」


「わかった。私が何とかしよう」


 オーナーらしき男性店員は、胸を叩いて見せた。そして、冷凍庫に軽く触れると……


「お客さん、少し離れてくださいね」


 スピカ達も含め、店の周りに並ぶ客は数歩後退りした。

 次の瞬間、青白い光があふれると同時に、パキンッと音がして、冷蔵庫が氷に包まれた。

 賢者けんじゃによって、輝術きじゅつが発動したのである。


「驚かせてすみません! 今並んでくださってるお客さんには、頑張って売らせていただきますよ!」


 行列から、わっと歓声が上がる。オーナーのパフォーマンスに、辺りは湧きあがった。

 その時、スピカの体がぐらりと傾く。アヴィオールは予期していたかのように、慣れた様子でスピカの細い体を支えた。目眩を起こしてしまい、自力では立つことも難しいようだ。


「スピカ、大丈夫?」


 スピカは首を横に振る。顔色が悪いようだ。


「アイス食べれる? それとも、すぐ帰る?」


「アイス、食べる……」


 調子が悪くても食欲が損なわれたわけではないらしい。アヴィオールは笑いを吹き出し、近くのベンチにスピカを座らせた。


「ちょっと待っててね」


 そう声をかけ、アヴィオールはアイスクリームを買いに向かう。スピカは目眩と吐き気が収まるまで、天を仰いで目を閉じていた。

 数分経って戻ってきたアヴィオールの手には、チョコミント味とクリームソーダ味、二つのアイスクリームが握られていた。


「どっちがいい?」


 スピカに問いかけるものの、まだ調子が悪い彼女は背もたれにぐったりと寄りかかっていた。


輝術きじゅつの光を浴びるたびに、毎回調子悪くなるよね。それ、いつからだっけ」


「三年前から……」


「そろそろ、それどうにか対処したほうがいいよ。アイス、食べれる?」


 スピカは顔を起こし、クリームソーダのアイスクリームを指さした。コーンに乗った青と白のマーブル模様はやや溶けかけていて、コーンを伝いこぼれている。

 アイスを受け取り、小さな口でかじりつく。その冷たさに、歯も頭もキンと痛み、調子の悪さはあっという間に吹き飛んだ。


「気分悪いの、治っちゃった」


「早っ」


 アヴィオールもスピカの隣に座り、アイスクリームを頬張る。さわやかなミントの香りが鼻を抜け、とろけた表情を浮かべる。


「おいしー」


「来て正解だったわね」


 アイスクリームが溶け切ってしまわないうちに急いで頬張る。口の周りがコーンの欠片で汚れてしまうが、それに気づかないほど食べることに夢中になった。


「美味しかったー」


 スピカは何度目かの「美味しい」を口にする。彼女の頬にアイスクリームがついているのを見つけ、アヴィオールは手を伸ばした。


「ついてるよ」


「え?」


 アヴィオールは、スピカについたアイスクリームの汚れを指で拭い、勿体ないとばかりに指をなめる。そんな彼もコーンの欠片を頬につけていて、スピカは小さく笑いながら、ハンカチでその汚れを拭った。


「それにしても、外でアイスを売るなんてすごいわ。普通は溶けるのが心配でできないもの」


 スピカが言うと、アヴィオールは2度頷いた。


「オーナーが賢者だからこそできることだよね。今日みたいに、トラブルがあっても何とかなるもん」


 輝術きじゅつは賢者の家系に伝わる、一子相伝の奇跡の術。一般人にはどう鍛えても手に入らない力だ。スピカはそれをうらやましく思っていた。


「本当ね。使い方次第で人の役に立てるなんて、賢者の人がうらやましい。アヴィもそう思うでしょ?」


 アヴィオールに同意を求める。アヴィオールは「え?」と間の抜けた声をもらし、しかしすぐに頷いた。


「ほんと、うらやましいよ。限られた人しか継げない力だもんね。いいなー」


 そして立ち上がると、両手をあげて伸びをした。


「じゃあ、帰ろうか」


「え? もう?」


 スピカは不満で声を漏らす。そんな彼女に、アヴィオールは言い聞かせるように、


「もう平気と言っても、調子が悪くなったことに変わりはないでしょ? 今日はゆっくり休みなよ」


 アヴィオールの気持ちはありがたいが、まだ空は明るいのだ。遊ぶ時間はまだあるのに。スピカはそう思い頬を膨らませる。


「家まで送っていくから」


 アヴィオールはスピカに手を差し出す。スピカはしぶしぶその手を握って立ち上がった。

 二人は朝通った道を歩く。陽光が海面に反射し煌めく様を見ながら、スピカの家へと向かう。


「明日だったわね。あの約束」


 スピカは、銀河鉄道のレールを見上げて呟いた。アヴィオールもつられてレールを見た。

 

「アウリジェのお祭り、帰還きかん祈祷きとうを見に行く約束」


「その途中で、カペラの友達に会いに行くんだよね」


「鉄道員さんってことは、私達より大分年上でしょ? カペラってば、そんな人と友達だなんて」


「あれ? スピカってば知らなかったっけ」


アヴィオールは問い掛けながら目をぱちくりさせる。


「カペラってば、二年留年してるんだよ。出席日数足りなくて」


「えっ?」


スピカはぽかんと口を開く。


「り、留年? 中高一貫なのに?」


 中学生でも、出席日数や成績の問題で留年してしまうことがあることは、知識として知っている。しかし、スピカ達が通うのは公立の中高一貫校で、私立と比べれば留年といった事態は起こりにくい。そもそも私立の中学校でも滅多なことでは起きない。本人やその家族が、よほど希望しない限りは。

 しかし、アヴィオールから教えてもらった内容では。


「特別措置らしいよ。学園始まって以来初の留年」


「知らなかった……留年できるのね……」


 スピカは、カペラの姿を思い出す。自分より少し小柄で、小動物のような仕草をする彼女。言動も少々子供じみていて、崩れているとはいえ常に敬語。しかし、本来なら彼女は年上の上級生なのだ。


「……カペラってば私達より二歳上の、十七歳なのね」


 スピカはまだ驚きの余韻の中にいたが、続くアヴィオールの言葉に更に驚くことになる。


「で、休みがちだった理由が、あれ」


 アヴィオールが指差すのは、上空に浮かぶ光のレール。空気を読んだかのように、丁度汽車が通過した。


「鉄道に夢中で休みがちだったってわけ」


「だから鉄道員さんと友達なのね」


 驚きから呆れに変化するスピカの顔を見て、アヴィオールは肩をすくめた。


「流石にその友達に叱られて、今年は真面目に通ってるらしいけど。

 はい、着いた」


 話しているうちに、スピカの家に着いたようだった。時計屋の中を覗くと、スピカの帰りに気付いたアルファルドが店の外に出てきた。


「お帰り、スピカ、アヴィ」


「ただいまー」


 アヴィオールは元気に返事するが、スピカは遊び足りなくてふくれ面であった。


「今日はアイス屋行ってきたんじゃないのか? あまり美味しくなかったか?」


 スピカは首を振る。黙ったままのスピカに代わり、アヴィオールが答えた。


「ちょっとトラブルがあって。いつもの発作が……」


輝術きじゅつの光を浴びたのか!」


 アルファルドの表情は途端に変わり、焦りを見せスピカの顔を覗く。


「大丈夫か? 気分が悪いのか?」


「心配しないで。もう大丈夫だから」


 アルファルドはホッと息をもらす。


「大丈夫だと思うんだけど、休んだ方がいいだろうから早めに帰って来たんだよ」


「そうだったのか。すまないな、アヴィ」


 アヴィオールは首を振る。そしてスピカを見て片手を振った。


「スピカ、ばいばい! また明日!」


「ええ。また明日」


 スピカも片手を振る。アヴィオールは踵を返し、傾きかけた日を背に受けて橋を渡る。自分の家へと帰っていく彼の姿に、スピカは寂しそうに目を伏せた。


「明日が待ち遠しい……」


 ぽつりと溢した言葉を、アルファルドは聞き逃さなかった。


「スピカはやっぱりアヴィが好きか」


 スピカの顔が真っ赤に染まる。次には沸騰したヤカンのように、興奮して早口に捲し立てる。


「ち、違うわよ! アヴィは幼馴染なの! 趣味が同じだし勉強もできて格好いいけど、確かに憧れちゃうけど友達なの!」


 その反応を見れば好意を持っていることなど明らかで、アルファルドは声に出して笑う。


「はははっ。まぁ自分は、アヴィなら付き合うのには賛成だ」


「あ、うう……」


「告白しないのか?」


「もー! からかわないでちょーだい!」


 スピカはアルファルドの背中を思い切り叩き、逃げるように階段を駆け上がり自室へと向かった。そんな彼女の後ろ姿を見つめ、アルファルドはやはり笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る