魔法使い部と偉大なる夢4

4


 家に帰って制服に着替える時間が惜しい。私服のまま学校に乗り込み、部活をしている生徒に変な目で見られながらも、先生にだけは見つからないように注意しながら進む。


 旧校舎の四階。階段の踊り場にあるバリケードを超え、忘れ去られた教室の前に立つ。鍵は空いていた。


「黒宇利さん」

「おや、困り人かね」


 ビーチパラソルにサマーチェアが置かれた教室で、黒宇利さんは寝転んでいた。


「ああ、困ってるよ。黒宇利さんの呪文のせいで」

「その様子だと効果があったみたいだな。なんだ? 完璧に解決できただろう?」


 黒宇利さんは面白い映画の感想みたいに嬉々として言った。


「解決なんてするもんか。元から問題なんてなかったんだ。全部大輔の勘違いで、あいつの誕生日はサプライズだったんだよ」


 これは完全な八つ当たりだ。黒宇利さんはただ大輔の依頼を解決しようとしただけ。気づいていたのに引き留めなかった俺が悪い。だが、口は止まってくれない。


「あいつは彼女のことになると頭の回らなくなる馬鹿だけど、彼女のことを真剣に悩んでたんだよ。幸せな誕生日になるはずだったのに、黒宇利さんが胡散臭い呪文を教えたせいで、めちゃくちゃになった」

「……そうなのか」


 呪文自体が入らなかったことが意外だったのか、黒宇利さんは驚いた表情をした。だがバツの悪そうにしていたのは一瞬で、すぐに元の黒宇利さんに戻ってしまう。


「あんなもの魔法じゃない」


 俺が言うと、黒宇利さんはサマーチェアに引っかけてあった麦わら帽子をいじり始めた。どうしようか考えているようだった。決心がついたのか、麦わら帽子を被り立ち上がる。


「そうだ。あれは魔法じゃない。科学のちょっとした悪用だ」


 探偵が謎解きをするみたいに、教室をうろうろと歩き回る。立場的には呪文を教えた黒宇利さんが犯人側なのだが、答えを教えてくれるならどちらでもいい。


「君は昨日見た夢を覚えているか?」

「何を突然……? いや、夢を見た気がするんだが内容はさっぱり」

「そうか。夢というのは情報を脳が整理する時に見る、記憶の追体験のことだ。彼女は今、夢を見続けている」


 黒宇利さんが種明かしを始めた。


「夢は記憶の追体験なのだから、本来、夢と現実と区別がつかない。夢を見ているとき、自分が夢を見ていると自覚できないだろう?」


 夢は、目覚めて初めて夢だと気づく。黒宇利さんと話しているこの瞬間だって、夢の可能性さえあるのだ。


「だから、現実から目覚めることができないのと同じように、夢から目覚めることはできないはずなのだ」


 永遠の夢。その言葉にぞくっとする。香奈が眠ったままなのは、覚めることのない夢を見続けているからなのだ。


「だが、夢から覚める方法はある。ここは現実ではないと気づけば良い。つまり、違和感を感じることが目覚めなのだ。誰かに殺される夢を見た時に、殺される瞬間に目覚めることが多いだろう。あれは驚いて目が覚めるのではなく、“殺されたのに死んでいない”という違和感が目覚めさせるのだ」


 俺はたまに空を飛ぶ夢を見る。飛ぶというより座ったまま滑るように浮いているのだが、夢の終わりは決まって落下だった。地面にぶつかるというところで、びっくりして起きてしまう。驚いたせいだと思っていたが、落下死したのに死んでいないという違和感で起きていたのか。


「でも空を飛ぶ夢だって現実じゃありえないことだろ。その違和感で目覚めてもいいんじゃないか」

「夢の中の思考は鈍い。何せ記憶の整理に、考える行為は必要ないからな。鈍い思考で理解できる、強烈な違和感のトリガーが必要なのだ」


「……夢から覚めるのに違和感が必要なのはわかった。だが、香奈はなぜ目覚めない? あの変な呪文は何の意味がある?」


 “俺は超能力者だ。世界を自由に改変することができる” 黒宇利さんが教えたのはこの無意味な呪文だけだ。


「寝言に返事してはならない。という迷信を知っているか?」


 俺は首を振る。


「まあ君はそうだろうね。寝言に答えると魂があの世へ連れて行かれる、なんて可愛らしい迷信は君には縁がなさそうだ」

「いいだろ。別に」


「これは科学的に解明されていて、眠っている脳の処理中に邪魔が入るから睡眠不足になるというものだ。そしてもう一つ、夢のリアリティを増してしまうからという説がある」

「現実感のある夢……。違和感を感じにくくなるってことか?」

「そうだ。夢の中は支離滅裂な会話が多い。そこに正しい答えが返ってくるのなら、より夢の世界にのめり込んでしまう。私が彼に教えた呪文も、似たような原理だ。つまり、彼女の違和感を消すための呪文だ」


 夢は現実ではありえないことばかりが起きる。その“ありえないこと”に理由付けしてしまおうというのが、あの呪文の正体だった。

 大輔と香奈は毎日、どちらかが寝るまで通話を続ける。昨日、大輔は香奈が眠ったあとに「俺は超能力者だ。世界を自由に改変することができる」と呪文を唱えた。それを香奈は夢の中で聞き、大輔が超能力者だと信じたのだ。


 夢の中でどんなに不思議なことが起こっても、大輔が超能力者なのだからおかしなところはない。多少の違和感はあるだろうが、それは大輔が超能力者であるという違和感に集約される。夢から覚めることはなくなり、永遠に眠り続けることになる。


「彼の人徳が為せる魔法だな。上手くいく可能性は低かったが、日頃の行いが良いのだろう」


 大輔は嘘が苦手な人間だ。誕生日のデートで振られる可能性があるのなら、普通の人は仮病や嘘の用事で行かないようにする。だが大輔は嘘をつかなかった。

 彼女に嘘をつきたくないと、魔法使い部に頼ったのだ。


 香奈は大輔が嘘をつけないことを隣で見てきた人間だ。だから突拍子もない超能力者なんて言葉を信じ、眠り続けている。


 二人はバカップルだったからこそ、どんな馬鹿みたいな話でも信じ合っていたからこそ、あのふざけた呪文は本当の魔法のように効果があったのだ。


「だったら、どうすれば目覚めさせられる? 頼む、教えてくれ」


 これは依頼だ。彼女が眠ったまま起きない友人を助けて欲しいという、俺の願い。友人の幸せな誕生日を奪ってしまったことへの償いを、俺はしなければならない。


 黒宇利さんは微笑んでいた。


「眠り姫を助ける魔法は決まっている。王子様のキスだよ」


5


 電話で黒宇利さんが語った内容を伝えると、大輔は彼女の親の前だというのに熱烈なキスをした。電話が切れたのであの後何があったのか知らないが、月曜日にべったりとくっつきながら昼食をとっていた二人を見かけたので、幸せな誕生日を過ごせたのだろう。


 一番の被害者である香奈ちゃんは、大輔がキスしてくれたからオールオッケー、逆に感謝を言いたいと喜んでいた。大輔は真面目なバカだから、香奈を大切にしたいと言ってあまりベタベタしなかったらしい。


 香奈ちゃんがお礼に手作りマフィンを作っていたので、三人は放課後、魔法使い部の黒宇利さんに会いにいくことにした。

 黒宇利さんは素っ気ない態度だったが、マフィンは喜んでいた。そして依頼を解決したことに関して対価を求めた。


 この教室が魔法使い部の部室だと誰にも話さないこと。全て魔法で解決したことにすること。

 そして、「依頼したい学生が君たちのところに来るだろうから、君たちが窓口になってくれ」とのこと。


 黒宇利さんが魔法で眠らせて、魔法で目覚めさせる。結果だけを見ればマッチポンプの事件だったが、依頼する人もそれを傍観している人も罪はある。


 俺は、この日から魔法使い部の一員になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法使い部に依頼したバカップルとそれについてきた人の話 @husimi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ