魔法使い部と偉大なる夢3

3


 土曜日、俺は大輔に呼び出されていた。


「大輔、誕生日おめでと。魔法の調子はどうだ?」

「サンキュー。それが良くわかんなくてさ。電話に出ないんだ。アイツ」


 コンビニで買ってきた炭酸飲料を誕生日プレゼントに渡すと、大輔は浮かない顔で受け取った。大輔がお守りのように握っている携帯には何回も電話をかけた画面が表示されている。


「香奈の家に行く。どうなっているか確かめねえと」


 大輔が不安になるのも仕方がない。黒宇利さんが教えてくれた魔法の呪文は子供がふざけて考えたような、馬鹿馬鹿しいものだった。

 言霊とやらの力で大輔が超能力者になり、誕生日を消滅させるなんてあり得るはずがない。


 彼女から連絡が来るはずが、二時間も音沙汰なし。何かが起きたのかもしれないと彼女の家に向かう事となった。俺はまたも付き添いである。


 校門前に集まっていた俺たちは、自転車で喜多野天満宮の前を通り、石大路通りを下っていく。時折曲がり、何を喋るでもなく淡々とペダルを漕いでいると、大輔がブレーキを踏む。いつの間にか目的地に着いていたらしい。白い壁の一軒家の表札に伊藤の文字があった。ここが大輔の彼女、伊藤香奈の家だ。


 大輔が手慣れた様子で自転車を止め、インターホンを押すと「少し待ってて」と声がする。玄関を開けて出て来たのは香奈ではなく、彼女のお母さんだった。


「ごめんね、大輔くん。香奈、まだ起きてないみたいなのよ。中でちょっと待っててくれる? 起こしてくるから」

「寝てるんですか? そうですか。よかった。……寝てるだけだったんだ」

「なんともなさそうでよかったよ。もしかして寝坊させる呪文だったんじゃないか」

「本当によかった。香奈」


 大輔がほっと胸を撫で下ろす。


「なあ、大丈夫そうだし、帰っても……」

「大輔くんのお友達? いらっしゃい。誕生日会は多い方がいいからね。香奈も張り切ってたし」

「え、いや、俺は。……お邪魔します」


 ただの寝坊という原因が判明して用済みになった俺が帰ろうとすると、香奈のお母さんがにこやかに引き止める。大輔もうなずくものだから、流されやすい俺は帰ることができなかった。


 場違いな空気を感じながらもお邪魔すると、盛大に飾り付けされたリビングが出迎えてくれた。家族団欒の場所ではなく、大輔を喜ばせるために香奈が作り上げた一つのプレゼント。だが、この場所にはそれを祝う人がいなかった。


「香奈……。そうか、このために」


 大輔がようやく気づいたようだった。家庭科部の先輩に浮気なんてしていなくて、日曜日には誕生日プレゼントを買い、一緒に帰る時間を減らして準備する。サプライズは成功だ。準備した本人が寝坊とは報われないが。

 元々魔法使い部なんかに頼らなくても問題はなかったのだ。


 信じてやれなくてごめんな、と呟いた大輔の声は、二階から響く別の声に遮られた。


「香奈! ねえ香奈! どうしたの!」


 取り乱したか香奈のお母さんの声だった。大輔がすぐに階段を駆けが上がる。香奈の部屋の扉を開けると、肩を揺さぶる香奈のお母さんと目を閉じたまま動かない香奈の姿があった。


 息はしているが目を覚さない。俺と大輔はすぐに原因に思い至った。


「魔法の呪文……」

「でも、どうして? 頼んだのは大輔の誕生日を消す事だろ。それに、あんな馬鹿げた呪文で」

「俺が、願ったから。香奈に会いたくないって考えたから。……香奈はずっと俺を思ってくれてたのに」


 大輔が崩れ落ちた。香奈の手を握って何度もごめんと呟いている。

 魔法の呪文で得た超能力のせいなら、目覚めさせることもできるかもしれない。大輔は不確かな望みにすがって香奈を救おうと祈っている。だが、俺はまだ信じられないでいる。こんな魔法があるわけがない。人を幸せにしない魔法なんて魔法じゃない。

 俺は大輔の背中を叩いた。


「俺は学校に行って黒宇利さんを探す。元に戻す方法を聞いてくる」

「松尾……。頼む」

「任せとけ」

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