七夕の想い

うみのも くず

七夕、それは願いの日。

アルタイルだかベガだか知らないけど、人間が始めた催し物だ。

笹の葉に願いを込めた短冊を吊り下げて、空に架かった天の川に祈る。

短冊は小さな願いも偉大な願いも受け入れてくれる。

それが例え叶うことの無い願い事だとしても。


「今年もやってきたね」

「そうだな…」


ここは人間界とは違う、所謂、死後の世界だ。

私が魔界と名付けて、作り上げた妖艶な世界。

そんな魔界でも、七夕は何故か毎年行っている。

どうして行うのか、誰が始めたのか忘れてしまったけれど、何となく続いている。

魔界では常に夜空が広がっているから、天の川が綺麗に見える。朝日を知らない世界だけれど、これだけ綺麗ならずっと夜でも良いと思えてくる。

本音を言えば流石に見飽きたのだけど、それは人間からしたら贅沢な我儘かもしれない。

天高く聳え立つ笹の葉を見上げる。

背の低い私にとっては大き過ぎる、立派な笹の葉だ。悪魔達がせっせと七夕の用意をする様子を見ているとなんだか滑稽で笑えてくる。ただその表情は真剣で、馬鹿にするのは気が引ける。

きっと彼らは七夕の本当の意味を分かってはいない。彼らに常識は無い。彼らは、人徳の心を殺した魂の成れの果て。ただ本能に従い、生命を食らう化け物…悪魔達が願い事をするとは、浅はかな行為だと思う。天の川が叶えてくれるはずもない。

ましてそんな悪魔達を創った私の願いなど、叶うはずもないのだ。


「おいクズ、願い事はかけたか?」

「んー?まだ」


魔王であるリュークんが、笹を軽々と抱えて持ってきた。

流石魔王と言えるだけの風貌な彼は、身長も高くて力が強い。それに比べたら私なんて非力なものだろう。

私は知っている。魔王の彼はこの世界で最強にして唯一「人の心」を持つ悪魔だと。

彼は毎年真剣な顔で七夕に願いを書いている。人間の記憶があるからこそ書ける、特別な願いを書き綴っているのだ。

彼は絶対に短冊を見せてはくれない。ただ私は知っている。過去に固着し続けている貴方を見守っている。ああ、その願いは二度と叶うことが無いのに。

本当に馬鹿で哀れな子だ。けれどそんな所が愛おしくて堪らない。


「リュークんは書いたの?」

「いやまだだ…とりあえず笹はここに置いとくから書けたら吊るせよ…」


リュークんは笹を置いた後、私を避けるようにペンと短冊を持って走っていった。やっぱり見せてはくれない。けれど私は悪い子だから知ってしまう。無駄に能力を使って彼が書いている様子を盗視する。

彼の横顔を見ると、今までより何故か穏やかに見えた。七夕では決して見せたことない表情だ。

その筆に、迷いはない。


「……?」


あれ、なんだ。

彼の書いていた短冊には、見たことも無い願いが書いてあった。毎年同じような願いだったのに、何で。

なんだか落胆する。勝手に見て勝手にショックを受けるのは自分が悪いけど。


「そっか…」


彼はやっと新たな願いを見出したのだろう。以前の彼の願いはかなった訳では無いのに、それを塗り替える想いが芽生えたように思える。短冊を書く彼の瞳は執着していたあの頃の目では無かった。

願いは叶わなくても変えられる、か。


「………つまんな」


なぁんだ。

彼自身、変わってしまった。嫌な予感はしてた。彼は彼の闇を克服しかけている。自分を受け入れて成長しようとしている。例え彼がどれ程罪を背負い続けても、罪を共に背負い、赦す存在がいる。彼は今、凄く輝いている。彼の闇に覆い被さる光が、彼を包み込んでいる。彼の恋人や仲間は魔界にとって、悪魔にとって、あまりにも眩し過ぎる。

悪い子だな。私を置いて、自分だけ進んでいる。いつか彼は私を振り払って、届かないところにいくのだろうか。いや、彼は既に運命を捻じ曲げる力を身につけていた。その時点でもう独り立ちしているんだ。

それに比べて私は立ち止まったまま。固着しているのは、彼じゃなくて、私。進もうともしないから置いていかれる。連れ出される手も振り払うから、変われない。ずっと自業自得のまま。

彼を見る度に、大きな背中が遠のいていく気がする。もう、彼の背中は、私を背負ってくれたあの頃の背中じゃない。


「そりゃそうか」


まぁ、何れにしろ彼が書いた願いは、結局叶わない願いには変わりない。これからもその行く末を見守っていくだけ。


「くずちゃーん!おいで!」

「…クズ?どうした」


私は何があろうと変わらない。私が変わらなくても、世界は同じだから。私が変わっても世界は変わらないから。そこに眩しい笑顔があっても、私は何も期待しない。


「はぁい〜!」


私は自分が持っていた短冊を、静かに破り捨てた。

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