第2話 小百合の日課
西暦20××年、○月△日。某国某地。
わたしが高校に入学して、数ヵ月が経とうとしていた。
肌寒かった時期はとうに過ぎて、今ではお日様が我が物顔で熱波を降り注いでいる。
わたしは暑いのが苦手だ。汗っかきで、自分でも体臭がきついと思う時がよくある。
だけど、くんくんと自分の体臭を嗅いでみると、何故かちょっぴり安心するのだ。
「わたしって、変態かなぁ………。」
そんな下らないことを考えながら、わたしはいつも通りの帰路についた。
ーーーーーパタンッ
「あづぅ……みんな、ただいまぁ~…。」
わたしは部屋に入るなりすぐにカバンを床に投げ捨て、そのままベッドに倒れこんだ。
朝から開いたままの窓から入ってくる風が気持ちいい。きっと、このまま目をつむればすぐにでも眠れるだろう。
ざわ……………ざわ……………
耳を澄ますと、かすかに小さな声が聞こえてくる。それも複数の声だ。
でもそれは窓の外からではなく、この部屋の中からだ。
いつも通りに、5分ほど経ってから部屋の反対側にある、床の上にある小さな置物に目をやる。
それは、直径約1メートルほどの正方形の中に収められた、小さな街の模型だ。
とても精密な作りをしていて、まるで本物の街をそのままミニサイズにしたみたいだ。
わたしはむくっとベッドから起き上がり、その小さな街にゆっくりと歩いて近づいていく。
それと共に、さっきまでは耳を澄まさないと聞き取れなかった声が、徐々に聞き取りやすくなってくる。
………といっても、蚊が近くをを飛ぶような程度だが。
「小百合ちゃ~ん!」
「小百合ちゃん最高だぁ~!」
「大好きだよ~小百合ちゃ~ん!」
大勢の人々が声高に叫ぶ声が聞こえる。そして、その声は間違いなくその小さな模型から聞こえてくるのだ。
ーーーーーそう、これは模型ではない。
本物の街と本物の人間が暮らしている、正真正銘の『縮小された街』なのだ。
「………ふふっ♪」
「うぉぉ小百合ぃ~!」
「愛してるよ小百合ちゃ~ん!」
わたしが思わず笑うと、街から聞こえてくる声援がほんのちょっぴりだけ大きくなる。
どうやらみんな喜んでいるらしい。それもそうだろう。
つい1週間程前、突如としてわたしの部屋に現れた小さな街と人間を、わたしは受け入れ保護したのだから。
1週間前、彼らは街ごとわたしの部屋に現れた。まるで何処からか転移されたかのように。直径1メートル程のちっちゃな大きさの状態で。
普通の人なら、きっとすぐに周りに相談するだろうか?
それとも、気味が悪いとさっさと空き箱に入れ、そのままゴミに出してしまうだろうか?
どちらにしろ、小さな街の住民たちは処分されるか何処かの研究所の実験台になるかだろう。きっと助からない。
でもわたしは違った。彼らを自ら保護したのだ。今となっては何故そうしたのかわからない。
ただ、『その時はそうしたかった』のだ。
彼らは最初は怯えていた。恐らくだが、この世の終わりといわんばかりに泣き叫んでいたと思う。
だって、キーキーと甲高い声がしばらく続いていたから。
そりゃそうだよね。突然お空がなくなったと思ったら、目の前には自分たちとは比べ物にならない大きさの巨人がそびえ立っているんだもん。恐くて当然。
多分、街の人たちは自分らが小さくなったとはまだ気付いてないだろう。
小人たちからしてみればわたしの部屋なんて巨大過ぎて、理解にも及ばないに違いない。
なのでわたしは、彼らに自分たちが置かれている状況と、わたし自身に敵意はなくむしろ保護しようとしている旨を伝えた。
それからわたしは、彼らの食糧や飲み物を調達した。
といっても、わたし1人分にも満たないような極少量の米粒や果物、コップ一杯の水道水で事足りたけれど。
また、外敵から街を護るのにも一役かった。護るといっても、アリやハエを退治した程度だけど。
ただ、電気だけはどうにもならなかった。彼らの街の中には現代的な設備が整っていたが、わたしの部屋のコンセントでは大きすぎて接続できなかったのだ。
そうして1週間が過ぎ、現在に至る。
今では彼らはわたしのことを信頼しきっており、まるでアイドルのような扱いになっている。
会話のやり取りについては、複数人が大型スピーカーを使ってわたしを呼ぶ手筈になっているなので、意思疎通も問題ない(それでも聞き取りにくいが)。
先程ベッド上でざわざわ聞こえたのも、このスピーカーから聞こえた彼らの声だ。
ズシン………!
ズシィン………!
ズズゥン………!
わたしが街の手前で立ち止まりゆっくりとしゃがみこむと、彼らはワラワラとわたしの足元に群………集まってきた。
いつも通り、学校から帰ってきたわたしを出迎えてくれるつもりなのだろう。
いつ見ても、1ミリにも満たない人々が自分の元に向かって来るのを見守るのは、とても面白い。神様になった気分だ。
「みんなちっちゃ~い♪かっわい~♪」
わたしは普段と同じく、街に向かって顔を前に出しながらそう話す。
すると彼らは一層喜ぶ。いつもやってるコミュニケーションだ。
みんな、わたしの帰りを待っていたのだ。
この後、どうなるのかも知らずに。
アソコが疼いて仕方がない。当然だ。1週間も我慢したんだから。
これでやっと、素直になれる。本当の自分を出せるのだ。
これまで溜めに溜め込んだ『欲』を、今から一気に発散するのだ。きっと愉しいだろう。
わたしは焦る気持ちを抑えながら、そっと右手の人差し指を前に差し出した。
街のみんなが注目する中、わたしはゆっくりと、丁寧に、小人の集団に向かって指を降ろした。
こうして、わたしの『日課』がはじまった。
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