第十一部 軍都

  軍都


 巨匠は旅の途中で唐突に軍都を見つけた。こんなところに軍隊の駐屯地があるとは知らなかった。ここにも玉座があるかもしれない。軍隊の駐屯地で玉座を探すのはかなり危険だ。そうは思った巨匠だったが、結局は軍都で玉座を探した。軍隊を恐れていては、王のいる玉座にはたどりつけない。



  隠れ朱禁城


 今は戦争中ではないが、平和時でも軍隊は守りを固くしているはずだ。

「この軍都で玉座を探している」

 と巨匠が申し出て、案内されたのは隠れ朱禁城という城だった。この軍隊は一般客の来訪に対応しているようだ。巨匠はびくびくしながらも、案内された城に入っていった。



  盾の都


 戦争は始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しい。一度、戦争を始めてしまうと、どんな名司令官でも、戦争がずるずると続き、終わらず、自分も国家も疲弊する。

 軍隊は守るために存在する。決して、攻めるためではない。戦争に勝っても、いちばん得をするのが戦勝国ではなく、漁夫の利を得た第三国だと思うと、賢い司令官は侵略なんかしないのは明白だ。

 軍都は、盾であるべきなのだ。剣の絵を掲げる軍隊より、盾の絵を掲げる軍隊の方がおそらく賢く優秀だ。



  不落城


 隠れ朱禁城は、落城したことが一度もないので、不落城という異名があるらしい。はたして、そこに玉座はあるのだろうか。

 巨匠はびくびくしている。軍隊の都の王がどんな人物なのか、恐ろしくて震える。王が短気だったらどうするんだ。温厚な人がこの軍都の司令官であることを願って、巨匠は空を仰ぎ見た。

 空の天候が気象兵器で操作されてるのが巨匠にはわかる。恐ろしいな。巨匠は身がすくむ。



  囮城


 巨匠は、びくびくしていたものの、律義な性格なため、隠れ朱禁城の意味を調べてしまった。

 隠れ朱禁城は囮だ。親切に案内されたのは、巨匠を拠点に案内するためではなく、まちがった建物を見せて、帰らせるためだったのだ。巨匠は、運か実力か、それに気づくのが早かった。

 本当の拠点を探さなければならない。巨匠は、この軍都で命を失う覚悟を決めた。すると、ひとりの兵士が、

「あんた、おれたち、軍隊は簡単に人を殺すような軍隊ではない。安心感を提供する軍隊だ。軍隊の駐屯地だからって、命を失う覚悟なんて考えるな。そんなひどいことは軍隊でもしない」

 としゃべった。



  遊び元帥


 囮城にいたのは、遊び元帥だった。

「我輩がこの軍隊の長である。従え」

 遊び元帥がいう。

 こいつは囮だ。だまされてはいけない。巨匠は強い意志で、遊び元帥が偽物の大将であると考えるように努めた。

 軍隊の囮は、ここまでやるに決まってる。わざと囮の城に案内して、あきらめさせて帰すくらいはするはずだ。命をかけての作戦なら、みんなそれくらいには考えるし、まして軍隊は、国家の命をかけて作戦を練ってるんだ。囮の城に、遊び元帥くらいはいるさ。



  物流業者が支配する


 軍都を支配するのは、物流業者だ。軍隊で重要なのは、兵站なのは有名だ。兵站を軽視する名将などいない。食事は、毎日食べなければならない。軍隊の食事だって、美味しくなければ兵士はやる気がでない。何万人の兵士の食事を美味しくするには、どんな兵站が必要か。一流料理人が何人いるのか。考えただけでも、兵站が難しいことがわかる。

 さらに、食事だけでなく、水分も必要だ。水がどれほど重量のある物資か考えたことがあるか。何万人の兵士が飲む水を運ぶのは相当に難しい。

 まだある。弾丸の補給だ。弾丸は重い。弾丸の運搬も忘れてはならない兵站だ。銃だけ一流品をそろえて、弾丸の備えを疎かにすることは多い。

 とどめは、重量級の移動砲台だ。軍隊の使う重火器は、運搬ができなければ使えない。移動砲台を使えば大きな戦果が出るが、移動砲台を運ぶのは物流技術なのだ。

 物流業者のいない軍隊は戦争には勝てない。



  入口のない建物


 入口のない建物があった。入ったら出られないと警告された。

 巨匠は、「これだ」と思った。巨匠はつるはしで入口のない建物の壁を壊した。壁を壊して中に入った。

 玉座があるとしたら、ここしかない。巨匠はそう考えた。



  ロッククライミングが趣味の女


 入口のない建物の中に、岩壁があって、女が岩登りをしていた。指の力だけで体を支えて、ひとつ、ひとつ、と登っていく。すごい力だ。指の筋肉を全身運動で動かしているようなそんな印象だ。

 しばらく、眺めてしまった。ロッククライミングを見るのは面白いな。邪魔になるのが怖くて、声をかけられない。声をかけたら、女が岩壁から落ちてしまうかもしれなくて。

 巨匠は、岩壁は登らずに、建物の中を進んだ。



  たどりついた者の玉座


 たどりついた者の玉座。ここにたどりつくために、巨匠がどれだけ苦労したのか書くことはできない。入口のない建物は、それほどの巨大建築物であり、侵入者を撃退する備えは凄まじかった。巨匠も、玉座にたどりついたのは奇跡だと思った。もう一度くり返せといわれても、うまくやれる自信はない。巨匠は、全身の筋肉がひきつって、手で棒をつかむ握力がなくなるほどに疲弊している。

 そして、巨匠は仰ぎ見た。たどりついた者の玉座で待っていた重装武神を。重装武神はこの玉座の王だ。軍都の王だ。やはり、入口のない建物の中にいた。囮城ではなく。

 軍隊はここまでやるのだ。恐ろしい。



  重装武神


「おれの姿を見て、生きているのはおまえひとりだ」

 重装武神がいった。

「おれはこのまま死ぬのか」

 巨匠がいった。

「おれは、そんな残酷な王ではない。ここにたどりついた者は祝福する」

「他にたどりついたやつはどうなったんだ」

「それが、本当に、この玉座までたどりついたのは、おれとおまえだけだ」

 ははっ。

 巨匠は思わず笑いが出た。

 すげえところに来た。本当に、すげえところに来ちまったな。

 巨匠はうれしかった。



  不屈の王


「おれは不屈の王だ」

 重装武神はいった。

 入口のない建物の中に隠れていて、ありえない防衛システムに守られていて、自分はそれよりもすごい重装備で身を守っていて、それでさらに、性格が不屈の王だと。

 軍隊の王はここまでやるのだ。



  武神不屈


「何の用だ」

 重装武神は巨匠にたずねた。

「玉座を探していた。そこにどんな王が座っているのかを見に来た」

 巨匠は答えた。

「この玉座は任せろ。おれがうまくやる」

 重装武神はいった。

 心強い男だ。本当に、巨匠は心の底から尊敬した。



  シガ・ヨガの地上絵の解読


 展望台から見える地上絵の意味を解読してくれと、巨匠は重装武神に頼まれた。巨匠はもちろんそのつもりだったので、心よく引き受けた。

 地上に絵が描いてある。とても大きな絵だ。この地上絵は、巨大な文化遺産だなあと思った。誰がどうやって地上絵を描いたのか。

 シガ・ヨガの地上絵。この絵が文字だとしたら。巨匠は解読が楽しくなった。



  引き分け記録の防衛が目的の国


「地上絵の解読が終わった」

 巨匠は重装武神に報告した。

「どんな意味だった」

「あの玉座の目的は、引き分け記録の防衛だと」

 巨匠はあまり面白みのない目的でがっかりするのではないかと気になっていた。

「引き分け記録には心当たりがある。あの引き分け記録を守るための玉座だというなら、これほどの喜びはない」

 そうか。そこまでわかっているのか、この男は。巨匠のほおに、涙が一滴流れた。



  トブ・ナブ


「悪い。おれはもう行かなければならない」

 巨匠が願い出ると、

「どこへ行くんだ」

 と、重装武神が聞いてきた。

「次の玉座を探す。たくさんの玉座があるんだ。この玉座で十一個目なんだ」

「そんなにあるのか」

「ああ」

「行ってしまうのか」

「ああ、すまない」

「引き止めたりはしない」

 重装武神がいった。

 巨匠は、重装武神のメモ用紙に書かれた内容から、彼の名前がトブ・ナブであることを知っていた。この男の名前がバレると、この玉座が陥落するかもしれない。

 王の名はそう簡単に明かしてはいけないものなのだろうか。しかし、巨匠はその名前を忘れることはできないと思った。

 そして、巨匠はたどりついた者の玉座を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る