第十部 百鬼の領土

  百鬼の領土


 巨匠が次に向かったのは、百鬼の領土だった。神社仏閣が盛んに建てられているというこの土地にも、やはり、玉座があるのではないかといぶかしがり、巨匠はこの土地の玉座の探索を行った。百鬼の領土は、かつて最も栄えていた土地で、楽して儲けようとしたものたちが集まり、鬼の領土となってしまった土地だ。

 貴族と鬼が対立している土地だ。貴族たちは、風水思想によって何重にもこの都市に結界を張ったが、それでも鬼は狡猾に入り込んできた。



  提灯行列


 この都市は、夜になると雰囲気ががらりと変わる。昼は伝統文化を重んじる保守的な町だが、夜になると無法者たちが動き出す。巨匠も、町の裏街道を歩きまわる提灯行列を見た。

 巨大な提灯を持って、夜の街を百人で渡り歩いている。その百人はどれもヒトには見えない。妖物の支配する町なのか。巨匠の頭に妄念が浮かんでくる。あれがこの都市の貴族たちなのかと思うと、とても怖かった。



  百鬼夜行


 巨匠は、夜歩いていると、百鬼夜行に出くわした。百鬼たちの奇怪面妖さにぶったまげた巨匠は、ただ茫然と立ち尽くした。一匹一匹の鬼は大きくちがい、いったいこの異形の集団が何なのかわからない。

 鬼とは、儒教における神の対義語だ。神と鬼で対になっている。隣国では、「鬼(き)」は死者の霊のことでもある。この国では、「隠(おん)」の発音をもじって「鬼(おに)」と呼ぶ。だから、日本では鬼は、存在の隠れたものという意味である。

 そんな鬼が百種類百匹いる。それが百鬼夜行だ。

 百鬼夜行の秘密はまだたくさんあり、一度に説明するのは困難なのだが。

 百鬼夜行はこの町のならずもの。百鬼夜行は異端者。百鬼夜行はみな個人の工夫によって鬼としての装備を整えたものたちだ。

「鬼に食われるのが怖いか」

 鬼がいう。

 この神社仏閣の立ち並ぶ土地が百鬼の手に落ちていたとは。

 百鬼夜行は、落胆する巨匠の前を通りすぎていった。

「この都の百鬼夜行。これはめったに見れるもんじゃないぞ」

 鬼の一匹がいった。

 荒事にはならずにすんだ、と巨匠は胸をなでおろした。



  道楽道場


 巨匠は道楽道場という奇妙な看板を見つけた。

「おい、主人。道楽道場ってのは何なんだ」

 巨匠が質問すると、道場主は答えた。

「この町は、豊かな貴族の子孫が多いので、人生を生きるのにいちばん知りたいのが道楽暮らしの方法なのだよ」

 すごくむかつく町だ。

「むかつくことはないだろう。みんな少しづつ豊かになってる。その順番がこの町は少し早かっただけだ」

 おれの感じる憤りは嫉妬なのか。それならば反省しなければならない。と、巨匠は自分に言い聞かせた。



  道楽の極意


「親父、道楽の仕方を教えてくれ」

「ならば、おれを師と呼べ」

 巨匠は面倒くさい先生だなあと思った。

「師よ、それで、道楽の仕方とはなんなのですか」

「うむ。祖国が滅びることを気にしないことだ。自分が死ぬ時は祖国が滅びるのだと思って生きれば、道楽人生だ」

 なんて凄まじい教えだ。

 道楽哲学がここまでエグいものだったとは、巨匠は予想していなかった。

「師よ。教えを承りありがたき感謝です」

「うむ。よく道楽に励め」

 巨匠は、自分にはその生き方はできないだろうと考えたが、少し、物の見方が変わった気がした。こんな道楽哲学を考えている連中に対抗しなければ、生活を守ることもできないんだ。



  どんどん屋敷


 巨匠は、どんどん屋敷にやってきた。巨匠の勘では、ここに玉座がある。なんとかして玉座にたどりつかなければ。

 玉座は隠れているのではない。ただ、普通に配置してあっても、たどりつけないのだ。

 どうすればいいんだ、と戸惑っていた巨匠を罠仕掛けが襲った。どんと丸太がぶつかって痛い。ここは忍者屋敷か武家屋敷なのだろうか。侵入者に備えてからくりがある。

「おまえ、その身の転がし方、見所があるぞ。どんどん屋敷の前に、じゃじゃ屋敷とじゅんじゅん屋敷に行ってから戻って来い」

 どんどん屋敷の若い師範がいった。

「なぜだ」

「百鬼の領土ではいろいろなしきたりがあるのだ」

「しきたりに従わねば玉座には通せないということか」

「ちがう。おれの口からいうわけにはいかん。じゃじゃ屋敷とじゅんじゅん屋敷に行け」

 巨匠は仕方なく、いったん、どんどん屋敷を後にした。



  じゃじゃ屋敷


 じゃじゃ屋敷は、鬼たちが子育てをしていた。

「鬼の教育は、豪快とからくりの研鑽じゃ」

 鬼の子供たちも面白がって遊んでいる。

「鬼って何なんだ」

 巨匠が質問した。

「鬼の秘密は明かすわけにはいかんな。何、単純なことじゃよ」

「この土地は、貴族や僧侶が治めていたのではないのか」

「そうじゃ。だが、百鬼がこの土地へやってきたのも千年は前のことじゃ。どっちが早いとかではない」

 鬼の棲む都か。

 百鬼の領土は、一筋縄ではいかないな、と巨匠は思った。

 鬼は、子供たちに、変装、身代わり、からくり仕掛けを教えていた。そういうものが鬼の技術なのだという。

 鬼の玉座にはいったいどんなやつが座っているんだろう。巨匠は興味がわいてきた。



  じゅんじゅん屋敷


 じゅんじゅん屋敷は、鬼女たちの集いだった。鬼女たちは、自分たちのことを黒夜叉姫と呼び、隠された大将を赤夜叉姫と呼んだ。

「あたしの男は戦友だよ。あたしは男の命の恩人で、男はあたしの命の恩人なんだ。お互いがみんな命の恩人。それが黒夜叉ってもんだよ」

 黒夜叉姫はいった。これが夜叉の愛か。修羅場とかそんなものとはちがう、まだそれを表現することばを持たない愛情表現だ。鬼たちの文化も本当に深いなあと巨匠は思った。



  改造職人が支配する


「この町を支配しているのは誰なんだ」

 巨匠が質問すると、黒夜叉姫は答えた。

「それは、改造職人ですよ」

 改造職人。

 いったいなんなんだ、それは。

 巨匠がこの町で遭遇した百鬼夜行は、改造職人たちの夜行行列だったのだ。それで納得した。百鬼の領土の謎が解けた。



  着飾るのが趣味の女


 どんどん屋敷に衣服で埋もれた部屋があった。巨匠はそこに入ってみたが、目の前に衣服が積まれていて前が見えない。

「服の収納がたいへんなの。散らかさないで」

 女がいて、巨匠を止めた。ずいぶん上手に着飾った女だなあと巨匠は思った。服が洗練されているので、女まできれいに見えてしまう。

 いや、そうではなく、この女はもとからすごい美人なのだ。

「服、かわいいですね」

 巨匠がいうと、

「うん。あたし、服、たくさん持ってるの。自分で作ったりもするんだよ」

 といっていた。巨匠にもわかった。この女も、百鬼夜行に連なる鬼の一匹なのだ。着飾る鬼だ。



  重鉄の玉座


 そして、玉座が見つかった。百鬼の領土の玉座だ。

 重鉄の玉座だった。

 重くて迫力がある。重鉄とは何なのかについては、少し解説がいるかもしれない。重鉄とは、重厚鉄鋼という意味もあるのだが、ここでの意味はそれではない。重鉄の玉座の重鉄は、鉄より重い鉄という幻想素材である。百鬼の領土の玉座はこのような材質でできている。



  首領


 重鉄の玉座に座っていたのは、首領だった。

 百鬼の王か。

 鬼の総大将は、鬼の親分のがよく知られた肩書だが、この男は首領という肩書を使うようだ。

「あんたが百鬼の首領か。どうやって首領になったんだ」

「もちろん、実力競争でよ。おれたちはただの鬼じゃない。この国の鬼を統べるもの、百鬼だからよ。百鬼は百匹で都を統治する。おれがその首領だ」

 鬼に支配されて、この町の住民は幸せなのだろうか。だが、百鬼の悪口など、まったく聞かなかったのだが。百鬼とはいったい何なのだろうか。



  掟破りが鬼


「鬼とは何かわかったか」

 鬼が聞いてくるので、巨匠は答えた。

「ああ、わかったぞ。鬼とは改造職人のことだ」

「ふむ。やはり、見所がある。お主、この土地で鬼にならないか」

「断る」

「いや、鬼は世間でいわれているような悪いものではない。安心しろ」

 巨匠はそれは信じられなかった。

「おまえはまだ鬼について半分も理解していない。鬼にはもっと重要な技があるのだ」

「それも知っているぞ。百鬼の領土の鬼は、掟破りを使い勝つんだろう」

「おお、大当たりだ。掟破りで勝つからくり仕掛けの改良職人、それが鬼だ」

「まだ秘密があるんじゃないか」

 あははははは、と鬼は高笑いした。

「そうだ。まだあるのだ。それは地位や身分にまつわることなので、黙っておくことにしよう。一期一会ともいわれる百鬼夜行を楽しんでくれたまえよ」

 鬼は、あはははは、と笑って退避した。



  百鬼絵巻の解読


 巨匠は、百鬼の持っていた百鬼絵巻の解読を始めた。深い色彩で描かれた百鬼の姿絵だ。素晴らしい芸術品なので、損なうのを恐れてなかなか解読作業がはかどらない。百鬼たちの技を凝らした解説は非常に面白く、読んでいてとても楽しかった。



  重鉄の玉座の目的


「百鬼の首領よ。絵巻を解読したところによると、あんたたちの目的は、無法者たちのからくりの収集だ」

 巨匠がいうと、首領はしかめ面をした。

「それなら、だいたいおれが今やっていることと変わりがない」

「だが、それでこの国は持つのか」

「百鬼は必ず勝つ。覚えておけ」

 首領は威勢よく言い放った。



  鬼隠れ


 そして、百鬼夜行はひと風に吹かれるとともに、ぱっと姿を消した。

 見事な鬼隠れだ。百鬼夜行は消えてなくなった。始めから鬼などいなかったかのように。

 鬼が最後には明かさなかった秘密を巨匠はすでに知っている。読者にはわからないだろうけど。業の深い国だ。巨匠はつくづくそう思った。

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